平凡――朝倉哲也の全てを表すには、この二文字があれば充分だった。近視のために眼鏡を掛け、荒事を好まない性格からインテリ風だと言われたりもするが、どこにでもいる平凡な容姿に違いはない。平凡な家庭に生まれ、平凡な少年時代を過ごし、平凡な高校に進学。勉強は頑張ってそこそこ優秀な成績を取ってみたが、大学に進学した後はやはり平凡な毎日の繰り返し。代わり映えのない自分の人生を打開したいと思いながらも、結局は実行できない自分に半ば諦めを付け、哲也は鬱屈した思いを抱えながらも、やはり平凡な日々を過ごしていた。
大学が夏休みを迎え、友人たちが旅行をしたり遊びに出かけている間も、哲也は一人、自宅で暇をもてあましていた。恋人もなく特に趣味もない彼には、他に時間のつぶし方が無かったというだけなのであるが。そんなある日、昼間からクーラーの効いた自室のベッドに転がり、ぼんやりとテレビを眺めている哲也の携帯電話に連絡が入った。小遣い稼ぎのためにと登録していた、家庭教師のアルバイトが舞い込んできたのである。面倒を見る生徒の名前は長谷翔子。高校三年生で、受験を控えて苦手な数学や英語の成績を底上げしたいのだという。男の自分に女子高生の担当が回ってくるのは珍しいなとも思ったが、相手側の強い希望で哲也が選ばれたという事だった。
「一体どんな子なんだろう」
住所を書いたメモを見ながら、哲也は想像を膨らませていた。長谷翔子は可愛い子だろうか。自分好みの黒髪で、あどけなさのある顔つきをしていたら個人的にかなり嬉しい。大人しくて控えめな性格であれば、こっちも勉強を教えやすくて助かるだろう。丁寧に優しく教えているうちに信頼関係が芽生え、先生と呼ばれて慕われてしまったりして。そしていつしか女子高生との危険な恋が芽生えてしまったらどうしたものか。しかしそれは望むところだったりして――妄想を胸に抱きながら、哲也は道を急ぐのだった。
上倉市宵ヶ浜。すぐ目の前を江ヶ電の線路が横切り、白い砂浜と水平線を一望できる場所に、翔子の家はあった。眺めは素晴らしく、家の作りもなかなか立派でちゃんと庭もある。それなりに裕福な家庭なのだろうと見て取りながら、哲也は玄関のインターホンを鳴らした。やがて身なりの良い格好をした翔子の母親が現れ、哲也は家の中に招き入れられた。翔子の母は年齢を感じさせない外見の美人だったが、生真面目そうな顔つきをしており、哲也が愛想笑いをしても彼女は眉ひとつ動かさない。玄関で靴を脱ぐ哲也の動作も、口元を真一文字に結んだまま、どこか不信感を滲ませた目でジロジロと眺めている。口には出さなかったが、彼女の雰囲気も含めて「気難しそうな人だなあ」と哲也は思った。
リビングで自己紹介と、面倒を見る教科の事について話をすると、翔子の母親からは「年頃の娘と同じ部屋で過ごすのだから、世間の目を充分気にするように」と釘を刺された。強い希望で自分が選ばれたのではないかと訊ねると、娘がそう言って駄々をこねたからだという。どこか奇妙な状況に首を傾げつつも、哲也は翔子が待つ二階の部屋へと向かった。階段を上って廊下を突き当たった先のドアに「翔子の部屋」とパステル調の文字で描かれたプレートがぶら下がっている。哲也はドアをノックし、がちゃりとドアノブを回した。部屋の中は小綺麗に片付いていて、勉強机とベッド、本や化粧品などの小物を置いた棚が部屋の隅に置かれ、壁には額縁付きの風景画が掛けられているくらいで、女の子の部屋にしてはずいぶんシンプルだった。
「えっと……」
哲也が部屋を見回すと、哲也に背を向けた少女が窓際に立ち、カーテンの端を握ったままじっと窓の外を眺めている。翔子の体つきはやや小柄だが発育はしているようで、胸はCカップ程度には膨らんでいる。髪型は黒のショートボブ、フリルの付いた乳白色のブラウスに、マリンブルーの膝丈スカートを履いている。彼女の後ろ姿が、来る途中に妄想していた姿と似ている事に、驚きと喜びを感じずにはいられなかったが、それを表情に出すまいと哲也は努めた。彼女が立っている窓は南側に位置しており、どこまでも広がる海が一望できて実に素晴らしい眺めである。哲也が「こんにちは」と翔子に近づいて声を掛けると、彼女はゆっくりと振り返った。
「あ……」
翔子の顔を見た瞬間、哲也は胸の奥を鷲掴みにされたような感覚を覚え、彼女に釘付けになってしまった。あどけなさの残る顔つきに、気弱な目元。きっと親の言う事に逆らわず、じっと大人しく過ごしてきたのだろうと言う事が一目で見て取れる。ただひたすら平凡に過ごしてきた哲也は、彼女に自分とどこか共通するものを感じ、それが気になって仕方がなかった。
「あの……もしかして家庭教師の方ですか?」
翔子に目を奪われていた哲也は我に返り、誤魔化すように咳払いをして視線を外す。
「こ、こんにちは翔子ちゃん。俺は朝倉哲也。今日から君の家庭教師として、数学と英語の面倒を見る事になってる。よろしく」
「長谷翔子です。よろしくお願いします」
哲也が挨拶をすると、翔子も身体の前で両手を揃え、礼儀正しくお辞儀をする。口調や仕草も落ち着いたもので、なにかと口やかましいタイプの女子高生が苦手な哲也は、内心ホッと胸を撫で下ろす。翔子は緊張しているのか、スカートの前で指を組んだまま、黙ってじっと哲也を見つめている。大人しそうな印象の通り、あまり自分から喋り出すタイプではないようである。もっとも、相手が男の自分だからそうしているだけかも知れないな、と哲也は思った。
「それじゃあ早速だけど、勉強始めようか」
「あ、はい」
翔子は返事をし、机に座る。哲也は用意したテキストを開き、まずは数学の問題について勉強を始める事にした。翔子は哲也の話に素直に頷き、さして行き詰まる様子もなく、教えた公式や応用を上手く当てはめて問題を解いていく。彼女の様子を見ていれば、基礎から地道に勉強を続けて来たのだろうと、容易に想像出来る。
(大人しくてあまり目立たず、教師や大人には評判の良い優等生……ってとこかな)
翔子をそう評して、哲也は内心苦笑する。その言葉は、まさに高校時代の自分自身そのものだったからだ。彼女に「なにか特別な趣味や、他人とは違う目標があるのか?」と訊ねてみたかったが、それを聞けるような雰囲気はまだ無い。いずれ仲良くなったら教えてもらうとしよう――ぼんやりとそんな事を考えていると、ふいに視線を感じて哲也は我に返る。
「おっと。なにか質問かい?」
「あの……先生、考え事してたみたいですから」
「あ、いや。なんでもないんだ」
自分を見つめる翔子の瞳は、なにかを訴えかけているように思えた。言葉では具体的に言い表せなかったが、妙にそれが引っ掛かる。とはいえ、単純に相手が年頃の少女であり、哲也が久しぶりに女性と二人きりになった事で、妙に彼女を意識してしまっただけかも知れない。哲也はその感覚を胸の奥に押し込むと、翔子を再び机に向かわせて勉強を再開するのだった。
翌週の上倉は、この夏一番の猛暑に見舞われていた。全国的に見れば比較的過ごしやすい地域の上倉でさえ、気温は三十度を超え、五分も外を歩いているだけで汗が滲んでくる。うだるような熱気にうんざりしながら、哲也は翔子の家を目指していた。世間も夏休みではあるが、部活動で学校に向かう高校生と途中で何度もすれ違った。セーラー服やブレザー姿の少女たちを見かけて「可愛いな」と確かに思いはしたが、翔子と一緒にいた時のような気分にはならない。昨日感じた奇妙な気分は、やはり一時の気の迷いだったと結論づけた哲也は、ようやく翔子の家へ辿り着いた。
家の中はエアコンが効いていて涼しく、生き返ったような心地である。翔子の母に挨拶をしてから、哲也は二階の部屋に向かう。部屋のドアを開けた哲也の目に飛び込んできたのは、ベッドの上で横たわり、身体をくの字に曲げて寝息を立てている翔子の姿だった。彼女はなぜかセーラー服を身に着けており、哲也の位置からだと太ももがはっきり見えてしまっている。こんな状態で寝返りでもしたら、さらに大変なものが見えてしまうだろう。
「ん……」
そう思った途端、翔子は本当に寝返りを打ってしまった。その拍子にスカートがめくれ、彼女の白い下着と両足が全て顕わになる。哲也は思わずそこに釘付けになってしまうが、この状況の危険さを察する理性はまだ失われてはいない。
(ま、まずいぞ。この状況を知られたらどんな風に思われることか。ベッドに登って起こすわけには行かないし、母親にこんな姿を見せることも出来ないし……ああ、どうしたらいいんだ)
哲也は行くも退くも出来ず、ただ目の前の下着と太ももを凝視するしかなかった。翔子は小柄な見た目の割に肉付きが良く、尻から太ももへと続くラインは柔らかそうな丸みがある。そして白い布は股間にぴったりと貼り付き、女のクレバスを浮かび上がらせている。家庭教師と生徒の間に、よこしまな感情があってはならないと理解しながらも、翔子のそれは、どうしようもなく淫靡なものに思えた。最後に女に触れたのは、もう何年も前のこと。哲也は唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らす。胸の奥から沸き上がる確かな衝動――しかしあと一歩というところで、哲也の心は立ち止まる。目の前にチャンスが訪れたとき、手を伸ばせば届く事は今まで何度もあった。しかしその度に、彼はリスクを恐れ、危険を伴う変化よりも変わらない平穏を選び続けて来た。今回もまた、彼はそれを選ぶのである。
(そうだ落ち着け。よく考えれば単純な事じゃないか)
哲也は自分に言い聞かせ、足音を立てないようそっとベッドの横に回る。
「おーい、翔子ちゃん。起きてくれ。勉強の時間だぞ」
横に回ってしまえば、もう彼女の下半身が目に入ることもない。何度か呼びかけているうちに、翔子はゆっくりと瞼を開く。
「……あ、先生」
「や、やあ。疲れてたのかい?」
「ごめんなさい。ついウトウトして」
「いや、いいんだ。とにかく、これで勉強が始められる。さあ早く起きて」
狼狽を悟られないよう、哲也は平静を装いながら視線を机に向けた。なにも言わずベッドから起き上がり、椅子に腰掛ける翔子を見る限り、自分の下半身を見られた事に気付いてはいない様子である。ちょっぴり残念な気持ちを隠しつつ、哲也はなにも無かったように、英語のテキストを広げた。
一時間後、勉強が一区切りした所で翔子の母親がやってきて、少し休憩しないかと誘われた。翔子と共に一階のリビングに降りると、白塗りのお洒落なテーブルにアイスティーが用意されていた。冷えたアイスティーに口を付けながら、哲也は翔子の母と勉強の進み具合などを話し合った。彼女は相変わらず不信を滲ませた目をしており、会話もどこか取り調べのように重苦しい空気である。やがて彼女の話し相手は娘の翔子へと移ったが、その内容は哲也とのそれをさらに上回るものだった。
「どうして制服を着たままでいるの」
「それは……少し疲れてて」
「そんな事は聞いていません。帰ったらすぐに着替えなさいと言ったでしょう」
「はい……」
「まったく、この調子じゃ先が思いやられるわね。ちゃんと勉強は身に付いてるの?」
「はい」
「夏休みの宿題の方もちゃんとやっているんでしょうね」
「はい」
「もうすぐ受験なんだから、遊んでいる暇なんてないのよ。わかってるの翔子?」
「はい」
「恥をかくのは私なんだから。近所の笑いものになったらどうするの」
「ごめんなさい」
「はあ……言葉使いも満足に出来ないなんて。すみませんでした、でしょう」
「す、すみませんでした……」
これが本当に親子の会話なのかと、哲也は自分の耳を疑った。そこに親子らしい感情のやりとりは、欠片も存在していなかったからである。
(この親子は一体……)
重苦しい空気を残したまま休憩は終わり、哲也と翔子は部屋へと戻って行く。階段の先を行く翔子はしょんぼりと肩を落とし、元々小柄な身体がさらに縮こまって見える。少し気の毒に思いながら部屋に入り、机に向かったが、翔子の表情は沈んだままで、勉強を続けようとは少々言いづらかった。
「あまり気を落とさないで翔子ちゃん。お母さんも機嫌が悪かったのかも知れないし」
「母はいつもああです」
「そ、そうか……」
「先生にも嫌なところを見せてしまって、すみませんでした」
「いや、いいんだよ謝らなくて」
「それじゃ、勉強の続きを……」
「その前に少し気分転換しよう。このままじゃきっと身が入らない」
「気分転換、ですか」
「といっても、話すくらいしか無いけど。せっかくだし、お互いのことを少し喋ってみようか」
「わかりました。それで、なにを話せば?」
「うーん、そうだな。翔子ちゃんの学校や友達の間で話題になってることとか」
「えっと、そうですね……」
翔子が語るのは、英語教師がやたらと舌を巻いて発音するので授業に集中出来ないとか、数学教師のえこひいきがひどくて生徒から嫌われているといった、他愛のない学園生活の様子である。彼女の話に頷いたり相づちを打っていると、暗かった表情に明るさが戻り、いくらか翔子の気分も晴れた様子だった。
「――あのう、先生」
「ん、なんだい?」
「先生のことも聞いていいですか」
「お、俺のことかい? そりゃあ構わないけど、面白くないかもしれないよ」
「私だけ喋るなんてずるいです」
「はは、ごめんごめん」
「先生は高校時代、どんな生徒だったんですか?」
「うーん、普通かな。取り立てて目立つところのない、地味な存在だったよ。勉強だけは真面目にやってたけど」
「そうなんですか」
「ほら、面白くなかっただろう」
「それじゃ、もうひとつ聞いていいですか?」
「ああ」
「先生は今、恋人がいますか?」
「えっ、いやその、それは」
「いるんですか?」
「あー、残念ながら……」
哲也は下を向き、首を横に振る。
「っていうか、こんな事を聞いてどうするんだい」
「先生、まだ私が質問してるんですよ、もう」
「う、ごめん」
「じゃあ、今まで誰かと付き合ったことはありますか?」
「こ、高校生の頃に一度だけ。あまり長続きしなかったけどね」
「どうしてですか?」
「あなたはいい人だけど、平凡すぎてつまらないって言われたよ」
「そんなのひどいです……」
「はは、ありがとう。昔の事だから気にしてないよ。それに実際、俺は平凡でつまらない人間かも知れないし」
「……違います」
「え?」
「先生は……違いますから」
「しょ、翔子ちゃん?」
自分を見る翔子の目に、哲也は一瞬得体の知れない光を見てぞっとした。もう一度目を凝らした時には、いつも通りの彼女に戻っていて、それがなんだったのか窺い知ることは出来ない。
「それじゃ、最後の質問です」
「あ、ああ」
そう言いつつ翔子は黙り込んでいたが、やがて前触れもなく、とんでもない言葉を口にする。
「セックス……したことありますか?」
「んなっ……!?」
哲也は目を見開いて翔子を見たが、彼女の目は笑っていない。真面目にそう訊ねてきている事は、すぐに理解出来る事だった。
「き、急になんて事を言い出すんだ。悪い冗談はよせ」
「冗談じゃありません」
「お、おい」
「ねえ先生、教えてください」
「そ、そんな事を聞いてどうするんだ。君は女の子なんだぞ」
「女の子はそういうことに興味を持っちゃダメなんですか?」
「そ、そうは言わないが」
「じゃあ……教えてください」
熱を帯びた目で見上げてくる翔子に対して、獣のような衝動が沸き上がる。しかしそれは彼にとって未知の感情であり、本能よりも欲望に身を任す事への恐怖が全身を支配した。
「今日はここまでにしよう。翔子ちゃん、あんまり大人をからかうんじゃないぞ」
哲也は逃げるように翔子から離れ、家から飛び出した。狂ったように脈打つ心臓とうだるような熱気で、哲也は家に辿り着くまでどこをどう歩いたのか憶えていないほどだった。
「はあ、はあ、はあ……ううっ」
あの日以来、哲也の脳裏に翔子の姿がこびり付いて離れなくなった。彼女の吸い込まれそうな瞳や、スカートの奥から顕わになった下半身の記憶。翔子のそばにいなくとも繰り返す衝動を抑えるには、自慰に耽るより他に方法がなかった。射精によって急速に取り戻される理性が、哲也を深い落胆へと突き落とす。
(俺はどうなってしまったんだ……)
手のひらに溢れた精液を拭きながら、哲也はもう何度目か分からないため息をつく。気が付けば翔子の事ばかりが思い浮かび、獣のような欲望に思考が塗りつぶされてしまう。自分で処理をすれば、もうその事を考えなくなると思っていたが、実際には自慰をすればするほど欲望が膨れあがっていくような気がする。こんな状態で翔子と会うことが出来るのか、その時自分を抑えられるのか――懊悩しながらも時間だけは過ぎ、再び家庭教師の日がやってきてしまった。
翔子の家へと向かう両足は重く、出来れば引き返して勉強を休みたかったが、そうもいかない。やがて翔子の家へと辿り着いてしまい、哲也は玄関のインターホンを鳴らす。どうぞ、と答えたのは母親ではなく、翔子本人の声。それだけで哲也の頬に汗が一筋伝い落ちる。
(ええい、落ち着け哲也。意識しすぎるとかえって怪しいぞ)
そう自分に言い聞かせ、意を決してドアを開けてみたが、そこには誰もいない。玄関で立ったまましばらく待ってみたが、誰も出迎える者がなく、翔子も姿を見せなかった。仕方が無く、哲也は「お邪魔します」と挨拶をし、靴を脱いで二階の翔子の部屋へと向かう。用心しながら部屋の中を覗いてみたが、翔子の姿はどこにも無く、代わりにノートパソコンがベッドに置かれ、なにかのビデオ映像を再生していた。不思議に思って近づいてみると、モニタに映し出されていたのは、リビングの床に正座させられている翔子と、彼女をひどく叱り付ける母親の姿だった。罵倒とも思えるほど娘をなじる母親と、泣きながらひたすら謝る娘。やがて翔子の母は手を振り上げ、娘の頬を平手で打つ。翔子は泣き喚きながら謝るが、母は止めるどころかますますヒステリーな声を上げ、さらに激しく娘を殴り続けていた。
「な、なんだこれは。一体なにがどうなって……」
哲也が釘付けになっている背後で、セーラー服姿の翔子が物音を立てずに現れる。彼女は半開きのドアをそっと閉め、かちゃりと鍵を掛けた。その音で振り返った哲也は、翔子を見た途端に息を呑み固まってしまう。明らかに動揺している哲也とは対照的に、翔子は普段通りに落ち着いており、ベッドに上がり込んでビデオ再生を停止する。
「見たんですね先生」
「う……い、いや」
「じっと見ていたじゃないですか」
「ゆ、許してくれ。見ようと思ったわけじゃないんだ」
「許すもなにも、別に怒っていません。それより先生はこれを見て、どう思います?」
「どうって……いくらなんでもやり過ぎじゃあないか」
「四年前からずっとこうです。さすがにもう慣れましたけど……」
「い、一体なにがあったっていうんだ、この家には」
「四年前、父が浮気をしていた事が分かったんです。凄い大喧嘩になって、だけど絶対に離婚はしないってお母さんは意地になってしまって。お父さんもこんな家にはいられないからって、愛人の家に転がり込んで……それからです、母がこんな風になったのは。それまではとても優しい人だったのに」
「このビデオを撮影したのは君なのか?」
「はい。もう三年分は記録してあります。他にも色々撮ったんですよ。例えば……」
翔子が新たなビデオを再生すると、哲也は絶句した。ビデオにはセーラー服姿でベッドに横たわる翔子と、それを見つめたまま立ち尽くす哲也の姿が映っていたからだ。
「これはあの時の……!?」
「じっと見てましたよね。スカートの中」
「ち、違う、違うんだ!」
「このビデオを警察に届けたら……困りますよね、先生」
「まさか君はわざと……俺にどんな恨みがあってこんな事!」
「恨みなんか無いですよ。むしろ逆」
「逆だって?」
「これ以上はまだ秘密。でも、知りたいなら教えてあげます。ただし……」
「……なにをしろって言うんだ。小遣いが欲しいのか?」
「そんなものいりません。質問に答えてくれればいいんです」
「質問? ま、まさか……!」
そこまで口にして、ようやく哲也は気が付いた。知らぬうちに張り巡らされた糸が足元に絡みつき、もう逃げられなくなっているという事実に。
「セックスしたことがあるのか……教えてください」
翔子は真面目な顔つきのまま、哲也に訊ねる。その言葉を耳にした瞬間、彼の心臓がドクンと脈打つ。
「あ、ある。あまり回数は多くないけど」
「そっか、あるんですね……誰と、どんな風に?」
「前に言った高校時代の彼女と、自分の部屋で何度か。そ、それだけだよ」
「もっと具体的に教えてください。どんな風にセックスしたのか、なにもかも全部私に。大丈夫、今日は母はいませんから」
「君は……!」
言いかけた哲也の唇を、翔子の唇が塞ぐ。それは愛情を示すものではなく、毒を注ぎ込むための口づけであった。唇をこじ開けて流し込まれる翔子の唾液は、哲也の心を麻痺させる甘美な毒であり、もう抗うことは出来なかった。毒が全身に回り、心の奥底に眠る獣が目を覚ます。そしてついに、獣を抑え付けていた理性の鎖が、粉々に飛び散る音が頭の中に響き渡った。
「んんっ……!?」
哲也は翔子の両肩を掴み、貪るように唇と舌を吸い上げた。彼女を力で押さえ付け、乱暴に口腔を舐め回す。始めは少し身体を強張らせていた翔子も、抵抗らしい抵抗はせず、されるがままに身を任せていた。
「悪いのは君だ……君がこれを望んだんだぞ!」
翔子をベッドに押し倒し、セーラー服とブラジャーを押し上げて彼女の胸を顕わにすると、瑞々しい果実のような胸に哲也はしゃぶりつく。
「うあっ、ああんっ! あっ、き、気持ちいい……っ!」
哲也の舌が乳首を執拗に舐め回し、反対の胸を鷲掴みにされる。翔子の背筋に電流のような快感が走り、彼女は身体を震わせて喜んでいた。胸を味わい尽くすと、哲也はセーラー服のスカートをたくし上げ、下着をはぎ取ってしまう。薄いヘアが生えているだけの下半身が目に飛び込むと、哲也はゴクリと喉を鳴らす。翔子の両足を抱えてズボンのチャックを下ろし、怒張しきったモノを秘所にあてがうと、一気に奥まで貫いた。
「ひぃっ!? い……あああーーーーっ!? 」
気を失わんばかりの悲鳴を上げ、翔子は仰け反った。貫かれた場所からは大量の蜜と、わずかな鮮血が混じっている。しかし哲也はお構い無しに、メチャクチャに腰を打ち付け始めた。
「あっ! あっ! ああっ、うああああっ!」
愛撫もなにも無く、ただ己の欲望を満たすためだけに哲也は動く。自分の腕に組み敷かれ、悲鳴のような声を上げる翔子を見ていると、彼の心の中で欲望の炎がさらに激しく燃え上がる。
「はあ、はあ、はあ……!」
「ひあっ! ひああっ! セックスってこんな、気持ちい……うあああっ! あっ、あっ、あああぁぁぁっ!」
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