夏のアルバム

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さくら(後編)


「なんじゃこりゃあ」

 問題集を開いて一番、俺の口を突いて出た言葉だ。文字は読めるのだが、やたら難しい言葉や数式がズラリと並び、異世界の言語じゃないかと思ったほどだ。当てずっぽうで答えられるような内容でもなく、俺は一緒に渡されていた参考書を開いてみた。同じく難しい内容だったが、問題集の答えは全て参考書に載っているようだ。

「こりゃ大変だあ。しかしこいつをこなせば……うおお、やるぞー!」

 わかりやすいご褒美が待っていると、想像以上のパワーが発揮できてしまうもので。勉強机に向かって問題にひたすら挑み続けること一週間。気づけばノルマ分の問題は、全て埋め尽くされていた。俺は宿題を持って、朝一番から響先生のアパートを訪れた。響先生はノートにじっと目を通した後、真顔で俺の方を見る。

「坂井くん」
「は、はいっ」

 ごくりと唾を呑んで次の言葉を待つと、俺はいきなり抱きしめられ、大きな胸に顔を挟まれた。

「おめでとう、合格よ」
「うぷぷ……む……んんっ!」

 柔らかい胸に包まれる感触は心地よかったが、胸の大きさ故に隙間が無くて呼吸が出来ない。俺がギブアップの合図をすると、ようやく響先生は解放してくれた。

「あら、苦しかった?」
「ぜえぜえ、天国と地獄を同時に味わいましたよ」
「あはは、ごめんなさいね。でも、よく頑張ったわね」
「難しかったけど、やってみれば案外なんとかなるかなと」
「あなたってやっぱり見込みがあるわ。高校生にしておくのが惜しいかも」
「ありがとうございます。頑張った甲斐があったっつーか」
「頑張った坂井くんには、ご褒美をあげないとね……んっ……ちゅっ」

 いきなり濃厚なキスが始まり、俺たちは唇をむさぼり合いながら服を脱いでいく。俺はトランクスだけ、響先生は大胆な黒い下着を身につけるのみになったところで、唇を離す。

「響先生、すげーエロい顔してますよ」
「だって、一週間も我慢してたんだもの。どうなるか分からないし、期待しすぎないように我慢するのは結構大変だったんだから」
「俺だって我慢してましたよ、ほら」

 トランクスの下では、俺の息子がはち切れんばかりにテントを張っている。

「ああ、凄いわ……こんなに張り詰めて、苦しいでしょ? 私が楽にしてあげる」
「なんかそれ、女医と患者って感じで燃えますね」
「ふふ、それじゃ今日はお医者さんごっこかしら」

 響先生は跪き、俺のトランクスを下ろして俺のペニスに顔を近づける。

「あらあら、腫れがひどいわね。熱を冷まさないと」

 そう言って舌を出し、丁寧に舐め上げていく。ペニスがすっかり唾液にまみれたところで口に含み、響先生は顔を動かす。口の中は温かく、ぬるぬると舌が動いて亀頭の周りや裏を舐め回してきて、素晴らしい快感をもたらした。

「んっ、んっ……ちゅぅっ……あむ……はあっ」

 あまりの気持ちよさに、腰が勝手に動いてしまう。俺は響先生の顔を両手で掴み、腰を前後に動かして口腔を蹂躙した。

「んんっ!? んむっ、んっ、んっ、んんん――っ!」

 始めくぐもった、苦しそうな声を上げた響先生だが、しばらくすると目つきがとろんとなり、されるがままに喉の奥まで俺のペニスを呑み込んでいた。

「うあ、もう出そうだ……せ、先生」

 口の中に出してしまいそうだと目を合わせると、響先生は俺の腰に腕を回し、このままでの射精をせがんだ。

「ううっ――!」

 俺は遠慮無しに、響先生の喉の奥へと射精した。一週間我慢していただけあって、自分でもかなりの量が出たと分かったが、響先生はそれを全て口で受け止めた。

「んんっ……んく……ごくっ、んっ……はあっ、はあ……」

 こくんと喉を鳴らして精液を飲み干し、響先生は笑う。その表情があまりにいやらしくて、放ったばかりの劣情に再び火が付いてしまう。

「本当に凄い……濃くていっぱいで苦くて……でも、美味しい」
「まだ全然収まりませんよ。どうしますか?」
「それじゃあ、ベッドで検査の続きをしましょ」

 ベッドルームに行くと、俺はたまらず先生をベッドに押し倒す。手を股間へと伸ばすと、布地越しにそこがびしょびしょに濡れていた。

「先生のここ、大変なことになってるじゃないですか」
「やぁん……だって、あなたのを舐めてたら、それだけでドキドキして」
「先生も検査しなきゃいけませんねこりゃあ」

 顕わとなったそこは、程良く生えそろったヘアに飾られた、成熟しきった女そのものだった。蜜液があふれてぬらぬらに光っているそこへ、俺はいきなりむしゃぶりついた。

「ひぁんっ、そんないきなりッ……あんっ、はあんっ」

 広がる女の味と匂いが、俺の頭を痺れさせる。指で肉の花弁を掻き分け、姿を現したクリトリスを、蜜液と一緒に音を立てて吸い上げた。

「やあっ、音立てな……んうっ! ああ! あああ!」

 むっちりとした両脚を抱え、股間に顔をうずめる俺の姿はまさしくむさぼるケモノそのものだっただろう。俺は心ゆくまで響先生を味わってから、いきり立つペニスを秘所にあてがい、狙いを定めた。

「これは重傷っすよ先生。注射をしておかないと」
「そうなの、ずっとうずいて仕方ないのよ……だからいっぱい注射してぇっ」
「行きますよ……!」

 亀頭が入り口を探り当てると、俺は一気に響先生を貫いた。

「うあぁぁぁっ! や、やっぱり熱くておっき……ッ!」

 俺は夢中で腰を振り続けた。びくびくと身体を痙攣させ、乱れに乱れる響先生をもっともっと征服したくてたまらなかった。

「あっ! うあっ! ひぅっ! 気持ちいいっ、きもちいいのっ!」
「うぐ……響先生の膣内、気持ちよくてたまんねえっすよ!」
「ああっ、もっといっぱい動いて、いっぱい犯してっ」

 一週間分の思いの丈を、俺と響先生はぶつけ合った。愛とか恋とかそんなんじゃなくて、ただただお互いが欲しくてたまらないという、その本能だけが加速し続けていた。

「くっ……で、出る!」
「あ、ああっ……また膣出しされ……あああっ、イク、イッちゃうっ!」

 子宮を押し上げるくらいに突き上げて、俺は射精した。響先生の膣内も同時にびくんと震え、最後の一滴まで搾り取ろうとする。ならばとことん付き合ってやろうと、俺は律動を再開する。

「ひっ、ダメ、ちょっと休ませ……ぅあああああっ!」
「はあ、はあ、はあ、はあ……先生、響先生っ」
「やぁぁっ、ま、またイッちゃ……ああああああ――ッ!」

 それから何回やったか覚えていない。もう動けないってくらいまでセックスをして、その後は気絶するように俺たちは眠った。目が覚めると昼はとっくに過ぎていて、俺は作ってもらった昼食を平らげてから、響先生の部屋を出た。

「太陽が黄色い……いやマジで」

 体力には自身があるつもりだったが、これだけ頑張ればさすがに疲れる。目を覚まし着替え終わった後、響先生は普段の落ち着いた調子に戻り、次を望むならばと新たな課題を用意していた。

「……またっすか?」
「努力するからご褒美も燃えるでしょ? 勉強にもなるしいいじゃない、ねっ」

 なんだか上手くはぐらかされている気もするが、事実でもある。それにもしも毎日こんなペースでやっていたら、俺は干からびてしまうだろう。

(……ん?)

 マンション前の道路を歩いているとき、ふと視線を感じた。周りを見てみるが人の姿はなく、道の脇に黒塗りのベンツが止まっているだけだ。窓はすべて黒いスモークフィルムが貼られていて、中に人がいるのかどうかは分からない。

(ま、いいか)

 特に気にするでもなく、俺は駅の方へと足を向けた。




 次の課題も輪を掛けて難解であったが、火が付いた俺の勢いは止められない。親に病気を疑われるくらい部屋に引き籠もり、飯と寝る時間以外は勉強机に張り付くという日々が続いた。

「ああ、シャバの空気はうまい」

 解放された囚人みたいな台詞が出るくらい、外に出るのは久しぶりだった。真夏の日差しはきつくてくらくらするが、空は高く清々しい。電車に乗って黄浜市へ向かい、響先生のマンション前までやってくると、駐車場で言い争う声が聞こえてきた。

「もう、いいかげんにして」
「俺はあんたの親に話を勧められたんだぞ。袖にされたなんて知られたら、俺の面子はどうなる」
「あなたの世間体なんて私には関係ないわ。お互い縁がなかったでいいじゃない」
「そうはいくか。こうなったら力ずくでもモノにしてやる」
「はぁ……どうして分からないの」

 先週見た黒塗りのベンツの横で、響先生といつか見たスーツの男がモメている。男は響先生の腕を掴んで引っ張り、放っておくとむりやり車に乗せられてしまいそうな雰囲気だ。俺は駐車場へと駆け込み、背を向けている男の腕を掴んでいた。

「嫌がってるのにこれはまずいと思うんだけど」
「なんだこのガキ……って、お前は!」
「?」

 スーツの男は俺を見て、もともと良くない目つきをさらに釣り上げる。

「おい小僧。お前、さくらに会いに来たんだろ」
「さあ?」
「とぼけても無駄だぜ。お前が先週、さくらの部屋に半日以上もいたことは知ってるんだ」
(視線の主はこいつか……)
「勘違いするなよ。さくらは俺との結婚を断るために、お前をダシにしてるのさ。用が済んだらポイだぜ。でなきゃ、お前みたいにマヌケ面のガキが相手してもらえるわけが――」

 その時俺は、男を挟んだ向こう側からただならぬ気配を感じて息を呑んだ。

「……ちょっと」

 低く迫力のある声でそう言ったのは、響先生だった。

「黙って聞いてれば好き放題……私のことはともかく、彼を馬鹿にするのは許さないわ」

 美人なだけに、怒ったときの迫力は相当なものである。一見ヤの付く自営業にも見えるスーツの男ですら、腰が引けてしまっているほどだ。

「な、なんだよさくら、こんなガキに肩入れしてどうするんだ」
「彼はまだ若いけど素敵な男性よ。あなたなんかよりもずっと」
「はっ、なにを言い出すかと思えば……鶴田建設社長の長男で、金と権力と強引さを兼ね備えたこの俺、鶴田興奇がこんな小僧に劣るというのかよ」
「あなたって、本当にわかってないのね」
「バカバカしい……女なんぞ俺の言うとおりにしてりゃいいんだよ!」

 これほど高いスーツが似合わない奴も珍しいと俺は思った。いつまでもぎゃんぎゃん吠える興奇にとうとう限界を迎えたのか、響先生の強烈な平手打ちが炸裂した。興奇はぐるんと一回転した後、頬を押さえてポカンとしていたが、しばらくすると声を張り上げて叫んだ。

「殴ったね! 親父にもぶたれたことないのに!」
「いい年した大人がなに言ってるのよ、もうっ」
「お、俺を怒らせるとどうなるか、カラダで思い知らせてやるっ」

 興奇が手を上げて合図をすると、ベンツの中から黒服の大男が四人も現れた。相手が興奇一人だけなら問題ないが、プロレスラーみたいにでかい数体が四人も相手では、さすがにどうしようもない。心で舌打ちしながら、俺は引き下がる様子のない響先生の腕を掴んだ。

「こりゃまずいですって。ここは俺が引き受けるから、早く部屋に戻りなよ」
「馬鹿なこと言わないで。生徒を置いて私だけ隠れるなんて」
「話し合いが通じる連中だと思いますか? それにさ、俺も腹が立ってんですよ。あいつ響先生に馴れ馴れしく触りやがって」
「で、でも」
「早く行けってば!」

 力ずくで響先生を後ろに下がらせ、俺は興奇めがけて突っ込んだ。黒服どもがこいつに雇われているなら、なによりもまず興奇を守るだろうと思ったからだ。そして案の定、黒服の注意は俺に向いた。せめて一人くらい急所を蹴り上げてやろうと思ったのだが、その前にあっけなく俺は捕らえられ羽交い締めにされてしまった。その俺を見ながら、興奇がニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべて近づいてくる。

「おい小僧、さくらの前だからってずいぶん格好付けてくれるじゃねえか。けどよ、それがいつまで続くか試させてもらうぜ」

 興奇は懐から伸縮式の警棒を取り出し、それを伸ばして頭を殴りつけてきた。殴られることには慣れちゃいるが、それでも鉄の棒で殴られれば痛いし血も出る。ていうかすげえ痛いぞちくしょう。

「ぐっ……!」
「坂井くんっ!」
「ちょ、なにやってんですか。早く行けって言ったでしょうが」
「嫌よそんなの!」

 気持ちは嬉しいが、ここで響先生の身になにかあれば、俺が痛い目を見た甲斐もなくなってしまうではないか。

「ヒッヒヒ、こいつが泣いて詫びを入れるところを見せてやるぜさくら。もっとも、俺の女になるって誓うんなら気が変わるかも知れねぇがなあ」
「なんて卑怯なの……最低!」

 だからそんな言い合いする前にとっとと部屋に逃げて欲しいのだが――万事休すかと舌打ちしたその時、俺の目に願ってもない人物の姿が飛び込んできた。

「け、拳さん!」

 拳さんというのは、中華街に住んでる親父の友人の漢方医のことだ。本当は世紀末な漫画の主役みたいな名前なのだが、みんな拳さんと呼んでいる。なぜこんな所を歩いているのか分からないが、今の俺にとってはまさしく救世主であった。

「お、光太郎。ヤクザ相手に腕試しとは楽しそうじゃないか。しかしな、勝負の相手ならいつでも俺がすると言ってるだろう」
「勘弁してください。ていうかとりあえず助けて」

 小さな箱を小脇に抱えたまま、黒服のことなど意に介した様子もなく拳さんは俺の目の前に近づいてきた。

「たかが五人相手に情けない声を出すな。鍛え方が足りん」
「アンタが異常なんです。つーか、困ってるのは俺一人じゃないんだってば」

 俺が目をやった先の響先生を見て、拳さんは眼を細めて考え始める。

「おい、誰だオッサン。ノコノコ割り込んで来やがって。この鶴田興奇様の邪魔すっとてめーもボコボコにすんぞコラァ!」

 警棒を突き付け、年上に対する敬意もまるでなってない態度で興奇は凄む。

(あーあ、あいつ死んだな。ご愁傷様)

 これから起こるであろう展開に、俺は心の中で合掌しておいた。

「鶴田興奇……お前、もしかして鶴田建設んとこのせがれか?」
「あぁ? 俺を知ってるとは感心だな。それに免じて許してやっから、さっさと失せな」
「そうかいそうかい、あの鶴田の息子か。確かに似てるな色々と」

 拳さんはにこりと笑い、そして。

「服のセンスだとか初対面の相手に対する態度とか、昔のあいつにそっくりだ」

 ひゅんっ、と高速で動くなにかが空を切る音がしたかと思うと、俺を羽交い締めにしていた大男が首を変な風に曲げてぶっ倒れてしまった。拳さんの手刀が、目にも留まらぬ速さで太い首筋にめり込んだのだ。たぶん手加減はしているのだろうが、死んでないか心配になるほどの威力である。拳さんは持っていた箱を俺に預け、他の連中にかかってこいとジェスチャーする。

「なっ、なにしやがったんだあ!? お、おいお前ら、こいつから始末しろ!」

 興奇は慌てて黒服に命じたが、残念ながら相手が悪すぎる。拳さんは自分より身体の大きい三人を一度に相手にしながら、あっと言う間に叩きのめしてしまった。戦い方のレベルが高すぎて、なにをどうやったのか皆目見当も付かない。

(手足の動きが目で追えないって、シャレになんねぇ……)

 鍛えすぎて五体が凶器と化したというのは大げさな表現でもなんでもなく、純然たる事実なのだという事を俺は実感した。腰を抜かしてへたり込んだ興奇の前でしゃがみ込んだ拳さんの目がマジだったのを、俺は見逃さない

「よく聞け坊主。俺とお前の親父は古い馴染みでな。あいつがバカやらかして面倒を見てやった数も一度や二度じゃない。ま、昔の話はどうでもいいが……今の会社だって、色々と世話してやったもんだ」
「あわわわ……」
「で、お前が殴ったのは俺の親友の息子でな。この落とし前はどうしたもんかな」

 拳さんから送られてきた視線に、俺は首を横に振る。色々と腹の立つこともあるが、これ以上話を面倒にしたくない。拳さんは口の端を持ち上げて、こくりと頷いた。

「ツイてたな坊主、家に帰ったら親父に伝えろ。今度てめえの息子の教育について相談があるってな」
「はうっ!?」

 ゲンコツを脳天に落とされ、興奇は白目を剥いて気絶してしまった。

「もう大丈夫だ。ツイてたな光太郎」
「はは、ありがとうございます拳さん」

 礼を言っていると、響先生が駆け寄ってきて俺の頭を調べ始めた。

「大丈夫、気分が悪いとかない?」
「へ、平気ですよ慣れてるし。それよかあんまり髪引っ張らないで……いてて」
「平気なわけないでしょもうっ。血が出てるのに」

 拳さんは俺と響先生をまじまじと見た後、にやりと笑う。

「あー、おほん。申し訳ないがお嬢さん、光太郎の手当を頼めますかね。見たところ仲の良い関係のようだし」
「あ、す、すみません。危ないところを助けていただいて。上倉学園の校医、響さくらと申します」
「ほうほう、校医さんなら安心だ。俺は届け物がありますので、これにて失礼を」
「あの、本当にありがとうございました。今度ちゃんとしたお礼を」
「偶然通りかかっただけだ、気にしなさんな」

 これが「漢」なんだろうと俺が感動していると、拳さんは箱を受け取る間際、耳元でボソッと言う。

「美人捕まえたなあおい。精力剤がいるなら安く譲ってやるからな、カッカカカカ」

 さらりとシャレにならない台詞を残しつつ、拳さんは去っていった。とにかく頼りになる人だが、当分の間は中華街に近づかないようにしようと俺は心に誓うのだった。

「っと、そんなことより。響先生が無事でよかったですよ。一時はどうなるかと」
「ごめんなさい。私のせいでこんなひどい目に遭わせてしまって」
「平気ですよ、慣れてるから」
「素敵よ坂井くん。あなたって、やっぱり高校生にしておくにはもったいないわ」
「後悔しないように、って思ってやってるだけっすよ」
「……ねえ坂井くん。この人とのこと、やっぱり気になるわよね?」
「そりゃあ……まあ」
「とにかく部屋に上がってちょうだい。事情は全部話すから。手当もしないと」
「はい」

 響先生に促され、俺はマンションの部屋へと向かった。ソファに座って怪我の手当を受けだが、血が出たわりに傷は大した事はなく、響先生は胸をなで下ろしていた。それから紅茶を飲んで一息ついた後、彼女はぽつぽつと話し始めた。

「――私の実家は東京の大病院なの。だけど子供は娘の私一人だけだから、両親は早く私を結婚させて跡継ぎを欲しがってるのよ。夫がダメなら孫でもいいから、って」
「そうだったんですか」
「だから事あるごとにお見合いをさせられたわ。相手側も親の知り合いだから強く断れなくて、形だけは毎回付き合ってたの。さっきの鶴田さんもそうね。だけどお金をたくさん持ってる人たちって、不自由なく育ったせいか、人格に問題のある人が多くて」
「うーむ」
「別に結婚が嫌なわけじゃないのよ。でも……好きでもない相手と義理で夫婦になっても、きっとお互い不幸になって終わるだけよ」
「そうっすね。俺もそう思いますよ」
「でもね、好きなだけでもダメなのよ。私がいくら好きでも、両親が納得する人でなければ認めてもらえない。だから……」
「そっか、あの課題はそのためだったんすね」
「ごめんなさい坂井くん。隠し事はしたくなかったけど、本当の事を言うとあなたが離れてしまいそうで怖かったの……ごめんね。ごめんなさい」

 肩を落として謝る響先生はとても小さく見えて。俺はテーブルに両手を付いて立ち上がり、真っ直ぐに響先生を見つめる。

「響先生、ひとつ聞かせてください」
「な、なにかしら?」
「俺と関係を持ったのは、課題をやらせるためのエサだったんですか?」
「ち、違うわ。いつも相談に来てくれて、自分の未来を真剣に考えてるあなたを好きになったから……いつか私を引っ張ってくれると思ったから……駆け引きのために抱かれたんじゃないわ。信じて」

 響先生の、潤んで泣き出しそうな瞳を見るのは初めてだった。俺は彼女を抱き寄せ、いつかとは逆に自分の胸に響先生の顔をうずめさせる。

「俺、勉強続けますよ。話聞いてたら、むしろやる気が出て来たっつーか。でも俺一人じゃ途中でつまずいてぶっ倒れるかもしれない。だから響先生も手伝ってくれますか?」
「ええ……手伝うわ。ずっとそばにいるから」
「いつか二人で、響先生の両親を驚かせてやりましょうよ」
「そうね……私たち、まだ時間はあるんだもの。ねえ坂井くん」
「なんです?」
「これからは光太郎くんって呼んでいいかしら」
「もちろん。俺もさくら先生って呼ぼうかな」
「ふふ、ふたりきりの時は、私の事さくらって呼んでもいいわよ」
「はは、わかりました。でも卒業するまでは先生と生徒で。うっかりボロが出たら迷惑かかりますしね」
「光太郎くん……やっぱりあなたって素敵よ」

 今回は、単にご褒美して抱き合うのとは違う。心が通じ合う満ち足りた気持ちを、俺は体中で感じていた。俺をベッドに寝かせたまま、響――いや、さくら先生は俺の上に跨る。

「今日は私がしてあげる。うんと気持ちよくしてあげるから」

 さくら先生は俺のペニスを秘所に導き、ゆっくりと腰を落とす。触れてもいないのにそこはたっぷりと濡れていて、膣内は熱く気持ちがいい。

「んっ……全部入ったわね」



 満足そうに微笑みながら、さくら先生は腰を動かし始める。今までは自分から積極的に動いていたせいもあり、こうしてされるがままに任せるのもなかなか新鮮である。さくら先生は腰を器用に動かし、緩急を付けたグラインドは思った以上に気持ちいい。

「はぁっ、はぁっ……あんっ、はぁんっ」
「せ、先生やばい、すげー気持ちいッ」
「ふふ、我慢してる顔って可愛い。もっとよく見せて」

 少し意地悪そうな顔をして、さくら先生は小刻みに腰を振る。

「ちょっ、待った待った、本当にやべ……!」
「いいわ、出して。そのまま膣内に出してっ」
「う……あああっ!」

 めいっぱい我慢していたせいか、今までと比べものにならない射精の快感を俺は味わった。

「あぁ……お腹の中で脈打ってるわ。びくんびくんって」
「あー、ハンパじゃなく気持ちよかった」
「まだ終わらないわよね、光太郎くん」

 射精の余韻も抜けきらないうちに、さくら先生の膣壁がきゅうっと締まり次を催促してくる。しぼんでいる暇もなく、二回目が始まった。相変わらず先生の動きは気持ちよくて、じっとしているとまたすぐに出てしまいそうだ。そこで今度は、さくら先生に合わせて腰を動かし、下から彼女を突き上げてみた。

「あっ、あっ、あんっ! ふ、深い……んああっ!」

 俺のモノは先生の奥深くを抉り、子宮の入り口を押し上げる度に甘美な嬌声が響く。

「いい……いいのっ! 気持ちいいわ光太郎……くぅんっ!」
「はあ、はあ、はあっ……」

 奥深くまで突き上げる度、ペニスが膣壁を擦り上げる度、俺の上に跨るさくら先生は喉を反らして喘ぎ、大きな胸が上下に揺れる。揺れる乳房に手を伸ばしてを揉みながら、俺たちは再び絶頂へと登り詰めていった。

「で、出る……さくら先生っ!」
「あ、あ、あぁぁぁぁぁ……ッ」

 さくら先生も身体をびくんと震わせ、俺の上に倒れ込んでくる。しばしの余韻に浸っていると、彼女は顔を上げて俺を見る。

「まだまだできるわよね? 今日は離れたくないの――」

 そう言ったさくら先生を可愛いと思ってしまったのが運の尽きというか。俺は上に跨られたまま、もう一滴も出ないってくらいまで絞り尽くされた。心は満たされていたから、それが唯一の救いではあったけれど。




 俺はその後も約束通り勉強を続けた。さくら先生の出す課題は学校の授業よりランクの高いものだったが、どうしても分からない部分は教えてもらえたし、自分がどこまでやれるのか確かめてみたいという思いもあった。それでも目指すべき場所のハードルは高く、俺は高校卒業後の一年間をひたすら勉強に費やし、医科大学への受験に挑んだのである。
 そして俺は、見事入学試験に合格した。
 この現実に一番驚いているのは俺自身だ。いつも遊んでばかりだった自分が、まさかこんなレベルの高い受験をクリアしてしまうとは。一年間必死になって勉強はしてきたが、人間やれば出来るもんだなとしみじみ実感していた。

「おめでとう光太郎くん。あなたならきっとやれると信じてたわ」
「さくら先生のおかげさ。でもここからが本番なんだよな。俺、頑張るよ」
「うふふ、頼もしいわね。ごちそう作ってあるから、一緒にお祝いしましょ」
「賛成っ!」

 さくら先生の手料理を腹一杯に味わい、これからどうするかなんて話もして、本当に幸せな時間の中に俺はいると思った。

「最後にデザートを用意してあるから、食べていってね」

 そう言ってキッチンから戻ってきたさくら先生の姿を見て、俺は思わず紅茶を吹き出しそうになった。彼女は裸にエプロン一枚という、とんでもない格好をしていたからだ。身体のラインがはっきりしているだけに、凄まじくいやらしい。

「げほげほっ、な、なにやってんですか」
「あら、こういうのは嫌い? 男の子はこういうの好きだと思ってたけど」
「確かに大好物ですけども」
「頑張った人にはご褒美よ。それとね、光太郎くん――」

 俺の首に両腕を回し、さくら先生は囁く。

「もう先生は卒業よ。これからは私の事、さくらって呼んで」
「さ、さくらっ!」

 人生はどんな方向に進んでいくか分からないが、精一杯に努力をして誰かを好きでいられたら、こんなに幸せな事はないだろう。甘い甘いデザートを味わいながら、俺はそんな事を思うのだった。
  


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