夏のアルバム

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さくら(前編)


「響先生ってミステリアスだよなー」

 昼休み、突然純は呟いてにへらと笑う。

「なんだよ急に」
「だってよー、俺たち結構世話になってる割に、響先生のことなーんも知らなくね?」
「そいうやそうだな」
「聞いても教えてくれねーしなー。スリーサイズとか」
「当たり前だ」
「それは冗談としてもよー。彼氏がいるのか、寝るときはどんな下着なのかとか、光太郎だって知りたいだろー? いいや知りたいはずだそうに決まってる」
「お前はなにを言ってるんだ」
「美人だしおっぱいもぼよんぼよん、大人の色気全開で青少年の心を惑わすくせに、隙がねーんだよあの人はよー。あの人のプライベートを知る男って、どんな奴なんだろうなあ。リアルなお医者さんごっこやってたりすんのか聞きてぇぇぇぇっ」
「……少なくとも、その相手はお前じゃあないと思うぞ」

 俺はコーヒー牛乳に挿したストローを吸いながら、聞こえないように呟いた。そんなにホイホイ教えていたら、響先生の自宅周りは純みたいな性少年がたくさん徘徊してしまうだろう。響先生の私生活は確かに気になるが、その前に俺自身のことを気にするのが先だ。

(うーん、また相談に乗ってもらうかな)

 その事を心の片隅に引っかけたまま、昼休みは過ぎていく。放課後、俺は保健室へ立ち寄った。ドアを開けて中に入ると、いつもと同じように響先生は白衣を着て、デスクの書類に向かってペンを走らせている。

「あ、もしかして忙しかったすか?」
「大丈夫よ、ちょうど終わったところだから」

 俺が丸椅子に腰掛けて訊くと、響先生は書類を片付けて俺の方を見た。落ち着きと余裕のある物腰とか、綺麗な顔によく似合ってる化粧だとか、やっぱり同年代の女子とは違う。美人ってこういう人のことを言うんだろうなと、俺は思った。

「それで今日はどんな話をしに来たのかしら、坂井くん」
「えーっと、進路とか色々と。この時期にこんなこと言ってる時点で、かなりギリギリだと思うけど」
「そう、ちゃんと自分の将来を考える気になったのね。成長したわねえ」
「はは、あと一年もしないうちに卒業だし。でも、なにをどうしたいのか、俺自身でもよくわかんなくて」
「それじゃあ、したいことの前に、自分になにが出来るのか考えてみましょうか」

 先生は真剣に相談に乗ってくれた。いろんな事を話し合っているうちに日は暮れて、俺と響先生は帰る前に一服することにした。コーヒーを飲みながら新しいお茶菓子に手を付けていると、響先生はじっと俺の方を見て、小さくため息をついた。

「すんません、忙しいのに付き合ってもらって」
「ううん、そんな事ないわ。真剣に話をしたのも久しぶりだし、嬉しいわよ」
「じゃあ今のため息は?」
「ああ、これは……ねえ坂井くん。男性にとって大事なものってなんだと思う?」
「うーん。自立かなあ。親父の受け売りだけど、金や肩書きはその後だって言ってました」
「やっぱりそうよねぇ。坂井くんは立派なお父さんを持って良かったわね」
「家じゃお袋の尻に敷かれてますけど」

 俺の答えに満足したように頷き、そして響先生はまたため息をつく。

「響先生、なにかあったんですか?」
「あ、ごめんなさい。こないだね、坂井くんよりひと回り以上も年上なのに、母親に頼りっきりのマザコン男と会ったもんだから。家がお金持ちでも問題外よね」
「うへ、そりゃきっつい」
「いろんな人がいて当然だけど、男性には女性を引っ張っていける強さやたくましさは欲しいわ」

 響先生の言葉がなにを意味しているのか、その時は分からなかった。コーヒーを飲み終えると、俺は響先生に頭を下げて保健室を後にする。あたりは真っ暗だったが、悩みを聞いてもらって俺の心はすっきりと晴れていた。




 それからも俺は何度も相談に乗ってもらった。響先生は俺が真面目に考えていることを喜んでくれたし、俺も自分の道がだんだん見えてきて、もっといろんな事を相談したいという欲も出て来た。美人な響先生と会える口実にもなったし、ほぼ毎日のように放課後の保健室に顔を出したが、夏休みが始まると先生と顔を合わせる事も無くなってしまった。住所だって知らないし、高校生と社会人では行動範囲がまるで違うのだから当たり前ではあるが。物足りなさを感じながら迎えたある日の正午過ぎ、俺は地下鉄に揺られながら黄浜市の中華街へと向かっていた。

「ったく毎度毎度。これくらい自分で取りに行けっての」

 中華街には親父の友人が漢方薬の店を出している。時々安く譲ってもらっているのだが、親父曰く「奴に会うと勝負を挑まれる」そうで、俺が小さい頃、腕に大きなアザを作って帰ってきて以来、その店に行くのは俺の役目になってしまった。最寄りの間内(かんない)駅から中華街に入り、大通りを真ん中あたりまで進んで、ちょっと細い路地の方へ入るとその店はある。木造の小さな建物で駄菓子屋くらいの広さだが、並んでいるのは様々な漢方薬だ。店に入り、漢方薬を分けてもらっていると、親父の友人が俺をまじまじと見て言う。

「うーん、あいつに似てきたな君も。若い頃にそっくりだ」
「はあ、どうも」
「腕っ節も結構いいらしいじゃないか。ひとつ俺と勝負してみないか?」
「いや……木に手がめり込むような人とは戦うなと祖母の遺言で」
「わはは、冗談だよ」

 詳しくは知らないが、親父の友人は中国拳法をやっており、鍛え抜いた結果五体が凶器と化してしまったという。親父の話によると「手刀を食らったら死ぬ」だそうで、冗談でもこんな相手と勝負などしたくない。タッパーに詰められた漢方薬を受け取り、俺は漢方屋を後にした。腕時計を見ると針は正午を半分以上も過ぎてしまっている。真夏の日差しは容赦なく照りつけ、人の多さも相まってとにかく暑い。腹も減ったし、なにか冷たいものでも買おうと大通りに出たその時だった。

「あれは……響先生?」

 高級中華料理店の入り口から、薄いブルーの派手なドレスを着た響先生が、スーツ姿の男と並んで出て来るのを俺は見た。肩と胸元が大きく開いた大胆なドレスで、メイクも学校でいるときよりさらに気合いが入っており、普段より何倍も響先生は綺麗に見えた。それだけに、俺はある違和感をどうしても拭えなかった。

(彼氏……なのか? あれが?)

 一緒にいる男を見て、ショックよりも疑問符が浮かんでくる。というのも、相手の男がどうにも響先生と不釣り合いな、平たく言えば頭の悪そうなタイプだったからだ。確かに着ているスーツは高そうだが、シャツは豹柄だしはだけた胸元には趣味の悪いチェーンネックレスが見えるし、全部の指には幅広の指輪を付けているわで、響先生とは別世界の住人な雰囲気が無造作に炸裂しているのである。

(強さとたくましさ、ねえ)

 響先生と男は、俺には気づかず人混みの向こうに消えていく。納得がいかないまま、俺も中華街を後にした――はずだったのだが。

「親父の野郎め。届け物があるなら最初からそう言いやがれちくしょう」

 夜になって親父が帰ってくると、友人に渡すものがあったのを思い出したとか言われ、俺は届け物を持たされて再び中華街に向かうハメになってしまった。時間は九時を回り、通りを歩く人の数も昼に比べてずいぶん減っている。俺は漢方屋の戸を叩き、届け物を渡した。親父の友人はサービスに漢方茶の葉をタダで分けてくれて、それを持って俺は引き返す。昼間と同じに大通りに差し掛かると、見覚えのある後ろ姿がふらふらと歩いていた。

(響先生?)

 少し近づいてみると、確かに響先生だった。昼間と同じ薄いブルーのドレス姿で、離れていても分かるほど酒の匂いが漂ってくる。例の男は見あたらないので、俺は響先生に声を掛けた。

「先生、響先生ってば」
「あらー? 坂井くんじゃない。ダメよぉ、高校生がこんな時間に歩き回ってちゃ」
「先生こそなにやってんです。こんなに酒飲んじまって」
「そうよ、めいっぱい飲んだからねー。あいつも結構頑張ってたけど、私を酔いつぶそうなんて百年はやーい。テーブルに突っ伏して動かなくなったから、一人で帰って来ちゃった。あはは」
「あーもう、酒臭いなあ。あと危ないからふらふら歩かないでください」
「へえ、それじゃおうちまで連れてってもらおうかしら」
「えっ?」
「ちゃーんとエスコートできるかどうか見てあげるわよ。大丈夫、そんなに遠くないから」

 俺は仕方なく、先生を家まで送っていくことにした。わざとなのか分からないが、放っておくと道の真ん中にはみ出そうとしたりするので、肩を貸して先生の指す方向へ進む。俺が降りた駅とは反対方向の、北側へ向かって中華街を抜けると、道路を挟んだ向こうに高級マンションが建ち並ぶ、港沿いの通りに出る。そのマンションの一室が、先生の自宅だった。

「うふふ、ついに知られちゃったわね。上倉学園の生徒で私の住所を知ったのは、坂井くんが初めてじゃないかしら」

 電子ロックの掛かった扉を開けて、響先生は玄関に座り込む。部屋の奥を少し覗いてみたが、広さといい家具といい、俺が知ってるマンションの部屋なんかとは比べものにならない次元の高級さである。

「響先生って、すげぇ所に住んでたんだなー。家賃とか想像も付かないや。つーかしたくない」
「ありがとう坂井くん。高校生の男の子にしては合格点ってところかな」
「こ、光栄っす」
「はぁ、今日はあちこち引っ張り回されて疲れちゃった。空気の読めない強引さってのも困るのよねえ」
「とにかく休んだ方がいいですよ。二日酔いにも気をつけないと」

 そう言って俺は、さっきもらった漢方茶の効能を思い出す。

「あ、そうだ。このお茶飲むといいっすよ。二日酔いにもよく効くらしいし。なにか容器を貸してもらえればそっちに入れて――」
「坂井くん」
「はい?」
「部屋に上がって行きなさい」
「……へ?」

 俺がキョトンとしていると、腕を掴まれて部屋へ引っ張り込まれた。部屋の中は白を基本にした家具が完璧に配置されていて、埃ひとつ落ちていない。時々テレビで見る、セレブな人々の住む場所そのままだ。部屋にも驚いたが、妙に近い俺と響先生の距離に、ついドキドキしてしまう。

「そう、合格なのよねえ坂井くんてば。高校生って事を除けばだけど」
「酔っぱらってますね、その様子だと」
「正気よ。昔からいくら飲んでも前後不覚になった事はないもの」
「そ、そりゃ頼もしい肝臓をお持ちで」
「選択肢に入れちゃいけないと思ってたけど、盲点だったわ」
「あのー、さっきからなんの話――ッ!?」

 不意打ちだった。俺はいきなり抱きしめられ、唇に柔らかい感触が重ねられた。驚いて離れようにも、腕を回されて抜け出せない。たっぷりとキスをした後、ようやく響先生は俺を解放してくれた。

「ちょ、ちょっと先生。マジですか?」
「冗談でこんな事しないわよ。私、坂井くんのこと気に入っちゃった」
「いや、嬉しいんですけどその、まずいんじゃないかと」
「年上の女は嫌い?」

 そう言いながら、響先生は俺の股間に手を伸ばし、白く細い指で撫で回す。こうなると青少年の悲しいサガという奴で。

「嫌いなわけないでしょうっ」

 俺と響先生はソファになだれ込んで、そのまま始まってしまった。

「――うふふ、若い子って凄いのね。こんなに硬くて熱い」
「ううっ」

 先生の指にしごかれて、ペニスははち切れんばかりにそびえ立つ。さすがというかなんというか、響先生はツボを心得ていて、絶妙に気持ちいいところを刺激してくる。サオの裏側だとか、カリの窪みだとか、とにかく指先が生き物みたいで気持ちいい。限界を迎えようとしたところで、ふっと刺激が止まる。

「……?」

 この時の俺は、たぶんおあずけを食らった犬のような顔をしていたと思う。響先生は艶っぽく笑うと、言い聞かせるように囁く。

「心配しなくても、まだまだこれからよ。もっと気持ちいいことしてあげる」



 響先生はドレスの胸元を下ろし、顕わになった大きな乳房で俺のペニスを挟み込む。マシュマロみたいに柔らかい胸に挟まれて、暖かいやら気持ちいいやら。そのまま胸を上下に動かしてくれて、今まで味わったこともないくらいに気持ちよかった。胸の間から顔を出したり引っ込めたりするペニスの先を舌でちろちろ舐められると、俺はたまらず暴発してしまった。

「きゃっ!」

 響先生の綺麗な顔に、俺の放った白濁液が飛び散る。少し驚いていたものの、響先生は恍惚とした表情で顔に付いた精液を指ですくい、ぺろりと舐める。

「たくさん出たわね……こんなに濃くて、すごい匂い……ああ……」

 自分の顔を綺麗にすると、今度はまだ脈打っている俺のペニスをくわえて舐め上げ、先端に滲む最後の一滴まで綺麗に吸い取ってくれた。それだけでもう、俺のペニスは元気を取り戻していて、まだまだ戦えると主張していた。

「まだまだ物足りないって顔してるわね。おいで坂井くん。先生のこと好きにしていいのよ」
「ひ、響先生ッ!」

 こうなるともう、俺も火が付いたサルみたいになってしまい、下着を脱がすと前戯も無しにペニスを響先生のそこに押し当てて、容赦なく貫いた。膣内は十分すぎるほどに濡れていて、根本まで難なく呑み込まれてしまう。熱く柔らかい感触が気持ちよすぎてたまらず、俺は響先生をソファに押しつけたまま夢中で腰を振っていた。

「あうっ! お、おっき……っん、いいわ坂井くんっ! もっと、もっといっぱい突いてっ!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 俺が腰を打ち付ける度に揺れる乳房を掴み、荒々しく揉みしだく。それでも十分に感じているらしく、響先生は俺に組み伏せられたまま、嬌声を上げ続けている。

(あの響先生が、こんな顔をするなんて)

 愉悦混じりに上気する響先生の顔を見るだけで征服感が満たされ、背筋がゾクゾクする。淫らに潤んだ視線が交わると、俺は先生の唇を舌でこじ開け、響先生の舌と絡ませ合った。

「んっ、んあっ、ちゅる……ひあっ、あああぁぁぁぁっ!」

 ひときわ大きな嬌声と共に響先生の身体は痙攣を始め、同時に膣壁が脈動して俺のペニスを奥へ奥へと呑み込むようにしごく。我慢など出来ず、俺は子宮口めがけて思い切り精液を放つ。放出の快楽に浸りながら、俺は腰を動かすのをやめなかった。ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てる結合部は、精液と蜜液が混じり合って白く泡立っている。

「やぁっ、出したばかりなのにもう元気……あああっ、す、すご……うあぁぁぁぁっ!」

 技術もなにも関係なく、ただメチャクチャに響先生を貫き続けた。そんな俺の背中に腕を回し、響先生は欲望の全てを受け止める。そこに遠慮や気遣いなどは存在せず、ただ快楽を求めてより深く繋がろうとする、盛りのついたケモノが二匹いるだけだった。

「あんっ! あんっ! いいの坂井くん、凄く気持ちいいのっ! 膣内(なか)がごりごりされてぇっ……!」
「先生、また出る……!」
「ひっ……わ、私、二度も生徒に膣出しされて……あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ……」

 膣内の全てを満たさんとばかりに、俺は再び奥深くへと射精した。凄まじい絶頂感を感じながら、尚も俺は響先生を求めてキスをした。

「ん……ちゅ……あむ……ちゅっ」
「響先生、響先生っ……すんません、お、俺まだ止まらねえ」

 これだけしておきながら、俺の中に沸き上がるマグマのような欲望は、響先生を求め止むことを知らない。

「うふふ、いいのよ。気が済むまでしても。言ったでしょ……私のこと、好きにしていいって」

 俺の顔を胸元に抱き寄せて、頭を撫でる響先生の言葉に、理性というものが粉々に砕けて吹っ飛ぶのを俺は感じていた。




 夢のような夜から一週間が過ぎた。あの出来事は現実であるはすなのに、どうしても実感が湧いてこない。あの日以来、響先生となんの連絡も取っていないのも原因のひとつだった。会って話をしたかったが、あんな事をした後ではなにを話せばいいのか困る。それにマンションを訪れても、調子に乗っているみたいで格好悪い。自室のベッドに寝転がって携帯電話を弄んでいると、ふいに着信のベルが鳴る。相手は響先生だった。

「もしもし坂井くん。今ちょっといいかしら?」
「あ、大丈夫です」
「あのね、用事がなければ今日、私の部屋に来て欲しいの」
「わ、分かりました」
「それじゃ、待ってるわね」

 会話はそれだけだった。あの部屋に呼ばれると言うことは、また響先生と熱いひとときを過ごすことになるのだろうか。だがその事についてなにも言わなかったし、期待しすぎてヨダレを垂らすのも情けない話ではある。宙を掴むような気分を感じながら、俺は部屋を出た。

「いらっしゃい。さあ上がって」

 ドアを開ける響先生は相変わらず綺麗で、部屋に招き入れられるとテーブルの前に座るように言われた。響先生は隣の部屋に姿を消し、何冊かの本とノートを持ってテーブルの上に置く。よく分からないが、なにやら難しそうな問題集だ。

「ねえ坂井くん。ひとつ聞いてもいいかしら?」
「な、なんでしょう」
「もう一度……私とセックスしたい?」
「したいっす!」

 思わず即答した自分に赤面してしまったが、響先生はくすくすと笑って俺を見る。

「ふふ、私も坂井くんとしたいわ。でもその前に」

 そう言って、響先生は積んだ参考書とノートをポンと叩く。

「私が出す宿題をちゃんとこなせたら、ね。一週間後に見せてもらうから、ちゃんと頑張るのよ」
「ほえ?」
「はい、今日はこれでおしまい。さあ、おうちに帰りなさいね」

 問題集とノートを渡され、俺は部屋の外に追い出されてしまった。

「どうなってんだ一体……とにかく、これをやればいいのか?」

 頭をポリポリと掻きつつ、俺はマンションを後にした。


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