冬のメモリー

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宇佐みゆき 編



 バイクの整備に使う工具は、実家のガレージにひと揃いあるのだが、それは父との兼用でもある。仕事で父が使うとなると、勝手に持ち出したりは出来ず、なによりも借り物であるという点で、どうしても遠慮がある。心おきなく機械弄りをするなら、やはり自分で気に入った工具を選んで揃えたくなるのが機械マニアの性(さが)というものであろう。今までもコツコツと買い揃えてはきたが、まだまだ数が足りない。消耗品の補充や気分転換も兼ねて、恵介は王浜市にある馴染みの工具ショップへ足を運び、工具を見て回ることにした。外出用のダウンジャケットとジーンズ姿に着替えて、恵介は駅へと向かう。

「ああ、今日は見に来て良かったなあ」

 工具ショップから出て来た恵介は、顔がにやけてしまうのを抑えられなかった。この店で買い物をすると、作ったカードにポイントがたまり、商品の割引や景品の当たるクジが引けたりするのだが、今日なんとなく引いてみたクジが大当たりし、買えば数万円はする高価な工具セットを手に入れることが出来たのである。オートバイの部品代で常に金欠気味の恵介にとって、本当にありがたい出来事であった。袋に入った工具セットの重みを感じながら歩道を歩いていると、交差点に差し掛かったところで男女が言い争いをしていた。男の方は痩せた体格で、髑髏や昆虫を模した下品なアクセサリーをたくさん身につけ、黒いジャケットとボロボロのズボンに黒いロングブーツという服装の、いかにも「不良です」といった風体の若者で、路上でもお構いなしに耳障りな大声を出している。迷惑だなと思いつつ女の方に目をやると、見覚えのある姿に恵介は思わず声を出していた。

「げっ、みゆき!?」
「……あ、恵介。ちょうど良かった」

 明るく染めたセミロングの髪、ファー付きのコートと短いスカート。コート越しにも分かる発育の良い胸に、チャームポイントの泣きぼくろとうっすら引いたルージュ。ほぼ毎日顔を合わせている、幼なじみのみゆきに間違いなかった。みゆきは恵介を見るなり駆け寄ってきて、腕を絡め身体をぴったりと密着させてくる。手に余るほど大きな胸の膨らみを押し当てられて、恵介は真っ赤になってしまう。

「お、おい。なにやってるんだよ」
「しーっ。なにも言わずに合わせて」
「おいおい」

 男はあからさまに不愉快そうな表情をし、眉間にしわを寄せながら言う。

「おい、誰だその地味なコゾーは、ああ?」

 みゆきは恵介の肩に頬をうずめ、にっこりと笑いながら答える。

「実はさあ、ずっと黙ってたんだけど……私、前からこの人と付き合ってるの」
「……は?」

 と、耳を疑ったのは恵介の方であったが、聞き返そうとしてグリグリと足を踏まれ、それ以上は言葉が出なかった。

「ふざけんなよコラァ。その貧相なコゾーが彼氏だとか、信じられっか。いつからそんな趣味になったんだよみゆきぃ」
「だーかーらー、前からって言ったでしょ。あんた耳悪いの?」
「ふ、ふん。信用できっかよ。言い逃れする為にテキトー吹いてんだろうが」

 男の言うとおりなんだろうなと恵介は思ったが、口に出すとまた足を踏まれそうなのでやめておいた。それからもみゆきと男は終わりの見えない言い合いを続けていたが、さすがにみゆきも面倒になったのか「ああ、もう!」と会話を打ち切り、半ばやけくそ気味に言い放った。

「これが証拠よ。よく見てなさいよね!」

 と、みゆきはいきなり恵介にキスをした。

「んっ……」
「!?」

 恵介は硬直し、持っていた工具セットを地面に落としてしまう。しかも単なるキスではなく、みゆきは舌まで入れてきた。恵介はもう、なにがなんだか分からなくなり、ただされるがままに立っているばかりだった。男の方はというと、二人のキスを見て愕然とし、大声で「バカヤロー!」と捨て台詞を吐いて走り去って行った。

「……ふう、やっといなくなったわね。やれやれ」

 みゆきは唇を離し、平然としたままため息をつく。

「あいつってばしつこくてさあ。いくら言っても諦めないからうんざりしてたのよ。ま、これでみゆきさんの平和が戻ったかな?」

 その代わり、恵介の方が平和ではなくなってしまった。

「どっ、どどど、どどっ、どどどど」
「舌が回ってないよ恵介。落ち着いて喋りなって」
「どういうつもりなんだおいっ!」
「どうって、説明したじゃん。一発勝負のアドリブだったけど、上手く行ったねー。恵介が来てくれて助かっちゃった」
「そういう問題じゃなくて! いくら相手がしつこいからって、いきなりあんな――」
「あ、なーんだ。キスのこと気にしてたの」
「他になにを気にするんだっ」
「まーまー、いいじゃん。成り行きだったけど、恵介もキスできてラッキーでしょ」
「そうじゃなくて。お前、いつもこんな事してるのか?」
「違うってば。今日はたまたまだよ。いつもこんなんじゃ身が持たないし」
「はあ……なんだかなあ」
「ねえ恵介。もしかして怒ってる?」
「怒るっつーかなんつーか……もういいや。疲れたよ俺は」

 足元の工具セットを拾い上げ、恵介は盛大にため息をついて肩を落とす。やたらと重く感じる足を上げて歩き出そうとすると、みゆきが恵介の服の袖を掴んで止めた。

「ちょっと待ってよう」
「離せ。俺は今、ものすごーく頭が痛いんだ」
「お礼くらいするってば。並盛り牛丼でいい?」
「いらん。ていうか安っ。お礼安っ」
「しょうがないじゃん、お金無いんだし」
「だからいらんと言ってるだろ。キス一回が三百八十円とか、涙が出てくるわ」
「あー、そっち。それを気にしてたんだぁ。恵介、もしかして初めてだった?」
「当たり前だろ。それがこんなテキトーなノリで……とっほっほ」
「んーんーんー、そっかそっか。恵介ってば純情だもんねー」
「ほっとけ。とにかく俺は帰るからな」
「待った」
「なんでやねん」
「ちゃんとお礼しないと気が済まないの。私の家に寄ってって」
「わ、わかったよ」

 きっと手作りの料理でも食べさせてくれるのだろうと思い、恵介は首を縦に振る。しかしこの誘いこそ、想像もしなかった毎日の発端であった。

 みゆきの家に足を踏み入れるのは、およそ六年ぶりだった。小学生の頃は互いの部屋を頻繁に行き来もしたが、思春期に入り異性を意識する年頃になってくると、自然にそれも無くなっていった。宇佐家は両親が共働きで、年が明けたばかりの今日でさえ家には誰もいない。それでもお邪魔しますと挨拶だけはして、恵介はみゆきの部屋へ案内された。彼女の部屋はベッドとこたつがあり、部屋の隅に本棚と衣類の収納ケース、そして化粧品などを置くラックが置かれているだけのシンプルなもので、思っていたよりも綺麗に整っていたが、壁には派手な格好の連中と一緒に映った写真がたくさん貼り付けられており、どれもが恵介の知らない連中ばかりであった。みゆきはベッドの上に出しっぱなしになっていた下着を手早く収納ケースに片付けると、くるりと振り向いて恵介を見た。

「さてと。それじゃ恵介、続きしよっか」
「ほえ?」
「ほら、こっち来て」

 みゆきに腕を引かれたと思った瞬間には、唇を唇で塞がれていた。抵抗する暇もなくベッドに押し倒され、あれよあれよという間にズボンのベルトとファスナーを外されてしまっていた。

「ちょっ、おい、みゆき!」
「最初は私がリードするからねー。安心していいわよー」
「いやいやいや、なんでこうなるんだっ」
「だからお礼。よく見ると恵介って結構可愛いし……いいかなーって」
「待てぇぇぇぇっ! そんなんでいいのかおいっ!」

 恵介が必死の抵抗を試みると、みゆきは急に押し黙り、切なげな瞳で恵介をじっと見つめる。

「私とじゃ……嫌?」
「えっ」
「そうだよね。恵介にだって選ぶ権利があるもんね。私なんかじゃ嫌だよね……」

 みゆきは悲しそうに恵介を見た後、目を逸らしてうつむいてしまう。

「あわわ、別にみゆきが嫌ってわけじゃなくてさ、その」
「じゃあ平気よねっ。れっつごー」
「芝居かよ!」
「んもう、恵介ってばうるさい。こういう時はもっとムード作らないと、女の子に嫌がられるよ?」
「この状況でどうムードを作れってんだお前……はうっ!?」

 みゆきの手が恵介の股間へするりと伸びて、パンツの中で激しく膨張しているモノを握りしめる。その手応えににんまりとしながら、みゆきは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「パパと違ってキミは正直でちゅねー。ご褒美に気持ち良くしてあげますからねー」

 赤ちゃん言葉で喋りながら、みゆきは恵介のパンツをずらす。布地から解放されたそれは、はち切れんばかりに反り返って天を目指している。みゆきは亀頭を指先でちょんとつつくと、髪をかき上げてからそれを口に含んだ。

「うわ、わわわっ」
「んっ……んむ……んちゅっ、ちゅっ……」

 口の中の生暖かさと、ぬるぬると動き回る舌の感触が気持ち良すぎて、快感が電流のように背筋を突き抜けていく。こういう事にまったく免疫がなかった恵介は、早くも最初の絶頂を迎えようとしていた。

「や、やめろみゆき、出る……ッ」
「ふえ?」
「う……あああっ!」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 恵介はあっけなく暴発し、みゆきの喉めがけて思いっきり射精してしまった。彼女もさすがに驚いた様子だったが、最後まで口を離さず、熱くドロドロした精液を最後まで受け止めると、こくんと喉を鳴らしてそれを飲み込む。

「んっ……ふぅ。んもう、特別サービスだからね。普通は飲んだりしないんだから」
「わ、悪い」
「それにしても、恵介ってば早すぎ」
「し、仕方ないだろ。初めてなんだよこういうのは」
「んっふっふ、それじゃあ私が恵介の初めてを奪っちゃったんだ。なんか達成感」
「それって男の台詞だろ」
「今は男女平等な世の中ですから」
「ああ、さいですか」

 昔からそうだったが、口先ではみゆきに勝てる気がしない。恵介は言い返すだけ無駄だと悟り、快感の余韻と諦念の混じったため息をついた。みゆきは身体を起こし、躊躇う様子もなくパンツを脱ぐと、両膝を付く姿勢で恵介の股間の上に跨り、腰を下ろす。まだ挿入してはいないが、射精し終えたばかりのペニスに、秘所の熱くてぬるっとした感触が伝わり、それだけで栄介のモノは猛然と息を吹き返す。

「恵介ったら、もうこんなにしちゃってさ。スケベなんだから」
「この状態で大きくならない方が変だろ……」
「あはは、そうだよねー。この年で反応無しとかシャレになんないもんね。わんぱくでよろしいっ」
「ははは……」

 乾いた笑いしか出ない恵介を見ながら、みゆきは腰を前後に動かし始める。すでに蜜液で溢れかえった秘裂が恵介のモノと擦り合わさって、ぬちぬちと淫らな音を立て始めた。

「んあ……恵介の固くて熱い……んんっ」
「わ、すげ……気持ちいいよみゆき」
「私もだよ……我慢出来なくなってきちゃったから、挿れるね」

 みゆきは少し腰を浮かせ、恵介のペニスを入り口へと誘導する。花弁をかきわけて亀頭が膣内に入ると、みゆきは腰を下ろし、彼の全てを呑み込んだ。

「あんっ……入っちゃったね。ねえ恵介、私の中って気持ちいい?」
「す、すげえ気持ちいいよ。気を抜いたらまた出ちまいそうだ」
「まだイッちゃダメだからね。うんと気持ちよくしてあげるから」

 器用に腰をくねらせ、みゆきは恵介のモノをしごき始める。あまりの気持ちよさに暴発しそうな自分を、恵介は歯を食いしばって堪えていたが、あまり長く持ちそうもなかった。みゆきもそんな彼の表情を見て察したのか、動きを止めて恵介にキスをする。

「またイキそうなの?」
「うぐっ、も、もう限界」
「いいよ、イカせてあげる。ほら、こんな風にされたらどう?」

 みゆきが下腹部に力を入れると、いきなり膣壁がきゅうっと締まり、恵介のペニスを締め付けた。しかも一度だけでなく、きゅうきゅうと連続して締め付けて来て、恵介はたまらず射精してしまった。



「うあ、く……っ!」
「やぁん……あんなに出したのに、まだこんなにいっぱい……お腹の中がじわって……あんっ、温かい」
「み、みゆき……」
「もう、恵介ってば。まだイキ足りないって顔してる」
「しょうがないだろ。気持ち良すぎてたまらないんだ」
「いいよ。気が済むまで付き合ってあげる。私のこと、好きにして」
「み、みゆきっ!」
「ひゃんっ」

 それからは文字通り、さかりの付いた獣のようにみゆきを犯しては、彼女の中に精液を注ぎ込んだ。夢中で腰をふり、大きな胸を乱暴に揉みしだく度に、みゆきは淫らな嬌声を上げて喘ぎ、何度も絶頂に達しては身体をびくびくと痙攣させていた。

「はぁ、はぁ……みゆき、みゆきっ!」
「やっ、もうダメぇっ……もう六回……ひぃっ! どんどん大きくなっ……壊れちゃう、私もう壊れ……うぁぁぁぁっ!」
「ま、また出すぞっ」
「やぁぁっ、イク、イッちゃうっ! 私またイッちゃ……ひあああああーーーーっ!」

 四つん這いの姿勢で貫かれながら、みゆきはもう何度目か分からない絶頂を迎えた。喉を反らして甲高い声を発した後、シーツを握りしめたままベッドに伏せた。恵介も、最後の一滴までみゆきの膣内に注ぎ込むと、愛液と精液とが混じり合ってべとべとになったペニスを引き抜く。するとみゆきの膣内から、大量の白濁液がどろりとあふれ出た。あまりに激しいセックスだったため、全部終わった後はくたびれ過ぎて、ベッドに倒れ込んだまま動くことが出来ずにいた。

「ねえ恵介」
「な、なんだ?」
「一気に六回なんて新記録だよう。凄すぎて腰が抜けちゃった」
「ははは……は」
「いつも機械ばっかり弄ってるから分かんなかったけど、結構才能あるかもよ?」
「なんの才能だよ」
「だって本当に気持ち良かったんだもん。途中から本気になっちゃった。恵介がこんなに凄いなんて盲点だったなー」
「それ以上言われるとなんか微妙に切ないから勘弁してくれよ。はぁ」

 恵介は重い身体を起こし、服を着て立ち上がる。寝転がったまま恵介をじっと見ているみゆきに毛布を掛けてやると、恵介は小さく手を振ってみゆきの部屋を後にした。




 一晩経つと、恵介の体は全身筋肉痛になっていた。特に下半身の疲労が激しく、酷使した腰や内ももの筋肉はギシギシと音を立てているかのようである。朝一番から風呂に入って筋肉をほぐすと、昨日手に入れた工具セットの使い心地を試そうと、早速ガレージに籠もって作業を始めた。細かい作業を続けているうちに時間は正午を回り、少しお腹がすいてきた。休憩のために手を止めた時、見計らったように携帯電話が鳴り響く。着信画面を見ると、相手はみゆきだった。

「もしもし、恵介だけど」
「やっほー恵介。昨日はよく眠れた?」
「おかげさまでな」
「私も爆睡してさー。夢にまで恵介が出て来ちゃって。あ……思い出したらまた濡れちゃいそう」
「そ、そうか」
「それはさておき、もうお昼ご飯食べちゃった?」
「いや、これから食べようと思ってたところ」
「だったらうちに食べに来ない? 私が作るからさ」
「珍しいな。いつもなら頼んだって作らないのに」
「たまにはこういう気分の時もあるの。で、どうする?」
「わかった、せっかくだし食わせてもらうよ」
「わーい。それじゃ待ってまーす」

 はす向かいにあるみゆきの家に入ると、キッチンの方から良い匂いが漂ってくる。みゆきは両親が共働きでほとんどいない事もあって、料理が特技でもある。昔は味見の実験台によく駆り出されたが、調理に失敗したものは料理を始めたばかりの頃くらいのもので、慣れてくるとどんな料理を作らせても美味かった。ダイニングに顔を出すと、テーブルには味噌汁にご飯、焼き魚と鶏の唐揚げ、ほうれん草のおひたしといった、定番の家庭料理が用意されていた。

「あっ、いらっしゃーい。もう用意できてるから、テーブルに座ってね」

 みゆきは部屋着のセーターとデニムのパンツに、フリルの付いた白いエプロンを身につけていて、おたまを持ったままキッチンから顔を出す。言われたとおりに席に着くと、彼女は根野菜の煮物を持ってきてテーブルに置く。どうやらこれで、料理は全て揃ったらしい。

「相変わらず美味そうだなあ」
「えへへ、数少ない取り柄ですから」

 屈託なく笑うみゆきを、恵介は久しぶりに見た気がした。彼女が冗談を言ったりバカ話をして笑うことはいつものことだが、この笑顔だけは滅多に見せなくなってしまった。以前、みゆきが変わってしまった理由についてそれとなく理由を聞いたこともあるのだが、誤魔化したり口をつぐんでしまうばかりで、結局答えてはもらえなかった。

「それじゃ、冷めないうちに食べちゃお。いただきまーす」
「いただきます」

 両手を合わせて一礼すると、二人は料理に箸を付け始めた。どの料理も火加減と味付けは完璧で、煮物はちゃんと味が染みているし、肉にはきちんと火が通り、ご飯も米の粒が立っていて美味い。舌鼓を打ちながら箸を動かしていると、皿に盛りつけられた料理は綺麗になくなってしまった。

「ふー、ごちそうさま。久々に食べたけど、やっぱり美味いな」
「よかった、そう言ってもらえると、作った甲斐があるわよね」
「お前さ、将来これで仕事やれるんじゃないか?」
「んー、私なんかまだまだッスよ。食の道は険しいんだから」

 冗談めかして笑いながら、みゆきは熱いお茶を出し、空になった食器を集めてキッチンに運ぶ。デザートも用意してあるというので待っていると、戻ってきたみゆきの姿に恵介は飲みかけのお茶を吹き出した。彼女は着ていた服を全部脱ぎ、フリル付きのエプロン一枚だけを身につけた姿だったのである。

「なんなんだその格好はっ」
「じゃーん。男子の憧れ裸エプロンですよ」
「デザートってこれか、おい」
「ぴちぴちフレッシュでーす。どう、嬉しい?」

 紐と布一枚で身体の前面を隠してはいるが、布越しにも膨らみがよく分かる胸とくびれた腰、そして桃のような丸みを帯びた尻が、恵介の脳裏に昨日の出来事をフラッシュバックさせる。

「お前まさか、このために俺を呼んだのか?」
「最初は一緒にご飯食べたかっただけ。でも恵介の顔見てたら、またしたくなっちゃったんだもん」
「はぁ……食欲の後は性欲とか、動物みたいだな俺たち」
「うん、確かに恵介は獣かも。すっごい激しかった」
「ううっ、それを言われると弱いが」
「もっと素直になろうよ。恵介もエッチしたいんでしょ?」
「そりゃあ……したいけど」
「じゃあいいよね。私、もっともっと恵介と楽しみたいの。私たち、カラダの相性はいいみたいだしねっ」

 みゆき曰く、今回は「新婚さんごっこ」らしい。キッチンに彼女を立たせ、後ろから抱きしめると、たわわな乳房を思う存分揉み、固くなってエプロンに浮いた乳首をつまんで弄んだ。

「んっ、はぁっ、ああんっ」
「お前の胸ってでかいよな。今どのくらいあるんだ」
「あんっ……Eカップかな。大きさと形には自信あるんだよ」
「おまけに柔らかいし?」
「うん……っ」
「エッチなことばかりしてるから大きくなったんじゃないのか?」
「そ、そうかなあ」
「しかしこれは……うーん」
「どうしたの?」
「いやあ、ものすっごい落ち着くなあと。おっぱいって凄いな」
「そういえば、恵介って巨乳が好きなんだっけ」
「嬉しいのは確かだよ。おっぱいはどれも平等だけど」

 それなら、とみゆきは恵介の方に振り返り、跪いて恵介のズボンを下ろす。トランクスの中から現れた暴れん坊を口に含んで唾液で濡らすと、エプロンの肩紐を外し、手で寄せた胸の間に恵介のモノを挟み込み、上下に揺らし始めた。ビデオなどでこれを見たことはあるが、自分で体験してみるとふわふわで弾力のある乳房の圧迫感が心地よく、かなり気持ちがいい。胸の谷間から亀頭が現れたり引っ込んだりするのは、なかなかいやらしい光景である。顔の前まで出てくるペニスに舌を伸ばし、みゆきはそれを愛おしそうに舐め上げる。柔らかい感触と舌の刺激に促され、恵介はみゆきの顔めがけて遠慮なく射精した。

「きゃんっ……はあっ、凄い勢い。たくさん出たね」
「み、みゆきがエロすぎるからだよ」

 幼なじみでありながら、知らない部分だらけだったみゆき。幼い頃の姿と、今の淫靡な姿とが混じり合って、恵介は自分でも不思議なくらいに興奮していた。みゆきもまた、顔に飛び散った精液を指ですくいながら、うっとりとした瞳でそれを舐めていた。

「台所に手を着いて、尻をこっちに向けるんだ」

 彼女の顔を拭く事もせず、恵介はみゆきを立たせてキッチンの縁に手を着かせると、前戯もなしに後ろからペニスで貫いた。みゆきの秘所もそれを待ち望んでいたかのように、大量の蜜液が溢れて太ももにまで垂れているくらいだった。尻の肉をわし掴みながら、恵介は滅茶苦茶に腰を打ち付け始める。

「ああんっ! あんっ、あんっ! 気持ちいいっ、気持ちいいよぉ恵介ぇっ!」
「後ろから乱暴にされて感じてるのか、みゆきっ」
「うんっ、気持ちいいのっ、あっ、ああ……すご……奥までっ、ふぁぁぁぁぁっ!」

 お互いの事をよく知っているだけに、二人の交わりに遠慮はない。みゆきは身体の奥を貫かれる快感に何度も絶頂を迎え、恵介はみゆきの膣内に、尻に、背中に――あらゆる場所に白濁した欲望を放つ。今回もまた、二人ともしばらく動けなくなるまで快楽を貪った。




 その日から、恵介とみゆきは顔を合わせる度にセックスをした。回数はさすがに減らしたが、家がすぐ近くという条件も手伝って、事あるごとに相手を呼んでは、淫らな交わりに耽った。それは確かに気持ち良かったし、みゆきも拒まず応じてくれていたのだが、身体を重ねる度に、言葉では説明できない虚しさもまた、心の中で膨らみ続けていた。

 冬休みが終わり、新学期が始まると、恵介には新たな悩みがひとつ生まれた。二人きり以外の場所で、みゆきとどう接したらいいのかということである。

(エッチはしたけど……恋人になったわけじゃないんだよなあ)

 勢いで始まった二人の関係をどう受け止めるべきか、恵介は迷った。みゆきは学校でも今までと同じ調子で挨拶してきたり話しかけてくるのだが、それが余計に彼を混乱させる。冬休みのあの出来事は、自分の妄想が作り出した幻覚だったのではとも思ったが、みゆきと二人きりになるとやはりセックスをしてしまい、それが終わるといつも通りの距離に戻ってしまう。そしてみゆきの夜遊びや、恵介の知らない連中との付き合いも相変わらずで、時々彼女は恵介の知らないどこかへと行ってしまい、見知らぬ男と二人で歩いていたという話も相変わらず耳にした。以前なら悪い癖だと諦めて放っておいた事が、今となっては相手が誰なのか、どんな関係なのか気になって仕方がない。身体を重ねた途端に心境が変わる自分の現金さに苦笑しながらも、恵介は悶々と悩む事に限界を感じていた。

(うーん、俺はどうしたらいいんだ)

 一月最終日の休み時間、恵介は教室で一人難しい顔をしていた。実際の所、みゆきは自分のことをどう思っているのか――彼女に直接訊ねたかったが、なんと訊けばいいか悩むし、下手をすれば二人の関係が壊れ、永久にギクシャクしてしまうかも知れない。どうしたものかと考えていると、純が目の前の席に座り、恵介の頭をポンポンと叩いた。

「よっ、真面目な顔してどうしたんだ。もしかして女絡みか?」

 純は恵介の驚いたような顔を見て、ニヤニヤしながら顔を近づけてくる。

「なんだよ、図星なのかコノヤロー。誰を落とそうと計画してるのか、俺にそっと話してみ」
「計画とかそういうのじゃなくて。ちょっとみゆきの事でさ」
「なーんだ、うさみーか。お説教の台詞でも考えてたのかよ」
「なあ純。最近のみゆき、なにか変わったとかそういう噂は無いかな?」
「んー、ちょっと前に男と別れたってのは聞いたけどな。だけどすぐに別の男を捕まえたって噂だぜ」
「そ、そっか」
「その相手も気の毒だよなー。うさみーが男をとっかえひっかえなの知ってんのかな」

 純の言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。悪気があって言ってるわけじゃない事は分かっているが、やはり心が痛い。

「うさみーもどういうつもりで男遊びしてんのか知らねーけど、その気にさせられていきなりフラれてみろ、俺だったら当分立ち直れない自身があるぜ」
「ううっ」
「まーなんだ。たまには恵介からガツンと言ってやれよ。幼馴染みなんだろ」
「そうだけどさ……うーん」
「うさみーも性格さえどうにかすれば見た目は可愛いんだし、上手くやれば感謝されてウハウハな関係になれるかもな。乳揉んだら大きさ教えろよ、ひっひっひ」
「あのな」

 恵介のジト目から逃げるように、純は席を立つ。純の後ろ姿を目で追いながら、恵介は自分の状況をもう一度よく考えてみる。

(俺は遊ばれてるだけなんだろうか。たまたま近くにいて、なんとなく気に入ったから相手に選んだ……それだけなのか?)

 自分一人でいくら悩んでも、みゆきの答えが聞けるはずもない。恵介はため息をつくと立ち上がり、授業の前に用を足そうとトイレへ向かう事にした。教室を出て廊下を歩いていると、目の前にある曲がり角の方から聞き覚えのある話し声が聞こえてきた。恵介がそっと角の向こうをのぞき込んでみると、数学教師の春牧に捕まったみゆきが、なにやら説教を受けている場面だった。

「――テストはいつも赤点かギリギリ、毎晩のように夜遊びし、そのうえ校内での服装違反。風紀の乱れが服を着て歩いているような奴だなお前は。んん?」

 嫌味たっぷりの視線を向けてくる春牧に、みゆきもムッとなって言い返す。

「いいじゃん別に。他人に迷惑かけたりしてないし」
「お前一人がだらしないせいで、生徒全員の評判が落ちているんだぞ。よくもまあ、平気な顔で言えたものだな。クラスメイトもさぞ迷惑だろう。おまけにいくら注意してもお前は態度を改めないからな。私以外の相手にも同じ事を言われてるんじゃないのか?」
「う……」
「お前がこの学校にいるのもあと少しだが、少しでも罪悪感があるなら大人しくしていることだ。特にお前は不純異性交遊の噂も耳にするからな」
「そんなのお互い好きなら自由だと思うけど。考えが古いと思うな」
「やれやれ、お前がそうでも相手が同じとは限らんだろう。相手がお前の身体にしか興味がないようなクズということもある。そいつがなにか問題を起こして事実が知られ、そのふしだらな関係のせいで学校の名前に傷が付いては目も当てられん」
「ち、違う……そんな事ないもん、今度は……!」
「まったく、考えが浅すぎる。これではお前と付き合う男の程度も知れているな。とにかく、卒業まで問題を起こすんじゃないぞ、いいな」

 春牧は冷たい視線をみゆきに向けた後、背を向けて遠ざかっていく。みゆきはしばらくじっと立っていたが、やがて両手を口の横に添え、大声で言った。

「春牧先生、髪の毛がずれてますよーっ」

 直後、みゆきが恵介のいる方向に全力で逃げてきたので、恵介もつられて走り出す。校舎の端まで全力疾走した二人は、膝に両手をついて息を切らしていた。

「はぁはぁ……あー、スッキリした。ざまーみろハゲ牧め」
「ぜえぜえ、お、お前勇気あるな」
「だって言いたい放題言われて腹が立ったんだもん。ていうか恵介、もしかして聞いてた?」
「あ、いや、すまん。偶然通りかかって」
「ま、いっか。いつもの事だし気にしてないけどさ、いつも捕まる度にあんな風に言われちゃうとたまんないよねー。こっちだって、あんなエロハゲがいる学校なんて早く卒業したいっての」

 みゆきは笑ってみせるが、ぎこちない笑顔である。力なく笑いが途切れた後、彼女は少し落ち込んだ表情で訊ねた。

「あのさ。恵介って私のこと……」

 そこでみゆきは口をつぐみ、うつむいてしまう。

「みゆき、大丈夫か?」
「や、やだなあ恵介。私なら全然大丈夫だってば。心配してくれてありがと。じゃね」

 みゆきは早口にまくし立て、一人で先に行ってしまう。だが去り際の彼女の顔を、恵介は見逃さなかった。

(目を真っ赤にしてなにが大丈夫なんだよ。このまま卒業したらあいつ、本当にダメになっちまうんじゃないのか……)

 学校という場所も、みゆきにとってあまり居心地の良い場所ではないらしい。彼女の行動が悪循環を繰り返している原因のひとつを、恵介は垣間見た気がした。いたたまれない気持ちを胸に抑え込んで、恵介も教室へ向かって歩き出すのだった。




 二月に入った最初の週末、恵介は放課後に出歩くみゆきを捜してみることにした。彼女が色々な場所で目撃されているのは知っているが、当てずっぽうでそれら全てを探していてはきりがない。恵介はまず、王船駅の隣にあるゲームセンターに足を運んだ。ここもみゆきが何度か目撃されている場所のひとつである。恵介は以前、よくここに遊びに来ていた時期があり、従業員ともすっかり顔なじみでもあったので、受付カウンターの向こうにいるヒゲを生やした店長に話しかけた。

「ども、こんばんは」
「おー、久しぶりじゃないか恵坊。また新たな伝説でも作りに来たのかい」
「今日はちょっと人捜しで。店長、みゆきは最近ここに来てますか?」
「おお、うさみーか。一週間前に来たきりだなあ」
「あいつがいそうな場所って心当たりないでしょうか」
「うーん、詳しいことは知らないけど、よくバンドのライブがどうとか言ってたっけ。どっかのライブハウスにいるかも知れないけど、俺にはこれ以上分からないなあ」
「そうですか……」
「そうそう、そのライブって王浜市でやってるらしいから、向こうで探してみたらどうだい? 今の時間なら王浜駅の近くでメシ食ってるかも知れないし」
「そっか。じゃあ王浜で探してみます」
「それよりまたゲームの大会やるから、気が向いたら参加してくれよ。恵坊がいるとイベントが盛り上がるんだ。なにしろ君は、伝説のゲーマーだからなあ」
「はは、そのあだ名はやめてくださいってば。また今度遊びに来ます。色々とありがとうございました」

 恵介はぺこりと頭を下げ、王浜駅周辺の繁華街に足を運ぶ。ビルとビルがひしめく繁華街には飲食店が多く、もしもみゆきが店の中にいたら、見つけるのは困難であろう。路上にいたとしても、人の往来が激しい駅回りでは見逃す可能性の方が高い。二時間ほどみゆきを捜し続けたが結局見つからず、すっかり暗くなってしまった。諦めて帰ろうと王浜駅へ向かっていた時、ばったりと彼女に出会った。

「あれーっ、どうしたの恵介? こんな所にいるなんて珍しいじゃない」
「あ、いや」
「もしかして私を探しに? なーんて、そんなわけないか」

 けらけらと笑うみゆきの前で、恵介は言葉に詰まる。そんな彼の様子を見て、みゆきは口の端を持ち上げて顔をのぞき込む。

「もしかして……図星だった?」
「う、うるさいな。もう帰るところだったんだよ」
「ふーん、なるほどねー。そっかそっかぁ」

 にやにやと笑みを浮かべつつ、みゆきは嬉しそうである。恥ずかしくなってきた恵介が帰ろうとすると、みゆきに腕を掴まれて止められた。

「あん、待ってよもう」
「今度はなんなんだ」
「せっかくなんだし、一緒に帰ろ。暗い夜道を女の子一人で帰らせるつもり?」
「べ、別にいいけど」

 恵介とみゆきは駅に向かい、上倉行きの切符を買って電車に乗り、上倉駅を出てからは並んで夜道を歩いていた。

「あーあ、今日も色々あって疲れたなー。付き合いってのも大変だよね」
「みゆきがいつもつるんでる連中のことか」
「まあねー。みんな騒ぐのが好きだから、すぐ呼ばれちゃってさ。ん〜っ」

 みゆきは両手を突き出して伸びをする。恵介は言うべきか迷ったが、思い切って訊いてみた。

「なあみゆき。もうこんな生活を止めたらどうなんだ? 今ならまだ――」
「ダメだよ。そんな事したらひとりぼっちになっちゃうし。恵介がぜーんぶ私の面倒見てくれるんなら考えてもいいけど」

 みゆきは冗談めかして笑うが、恵介の表情は冴えない。

「……もう無理なのか? 昔のお前みたいには出来ないのか?」
「いまさら戻れないよ。あの頃と今の私は……違うから」

 言葉は夜空に吸い込まれて消えていく。すぐ隣にいるはずのみゆきが、いくら手を伸ばしても届かない場所にいるような、そんな気がした。それ以上は言葉もなく、気が付くと二人の自宅は目の前で、お互いに手を振って別れた。




「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「あんっ、気持ちいいよ恵介ぇっ……あぁんっ」
「くっ、出る……!」
「あっ、んっ、んん〜〜〜っ!」

 翌日の正午前、恵介はみゆきの部屋にいた。みゆきの形の良い尻を掴んで腰を打ち付け、恵介は大量に射精する。いつもの流れで彼女を抱きつつ、恵介は満たされない気持ちでいっぱいだった。みゆきの身体は魅力的だし、彼女も恵介とのセックスを楽しんでいる様子だったが、欲望に任せて肌を重ねれば重ねるほど、胸の中にぽっかりと空いた穴が広がっていくような気分だった。

「はあ……」

 みゆきのベッドに横たわり、白い天井を見つめながら恵介はため息をつく。その様子を見て、みゆきは恵介の鼻先をちょんとつつく。

「どーしたの、ため息なんてついちゃってさ」
「いや……」
「もしかして気持ち良くなかった? だったらショックかも」
「そうじゃないけど」
「気持ち良いことした後なんだし、もっと楽しそうにしようよー」

 みゆきは恵介の首筋にしがみついて甘えてくる。みゆきの髪を撫でてやりつつも、恵介の表情は依然として固いままである。

「お前さ、本当にこのままでいいのか?」
「えっ、なんのこと?」
「勢いで俺とエッチして……そのままずるずるとこんな関係続けてていいのかって事だよ」
「んー、気持ち良いんだし別にいいじゃん。恵介とエッチするの結構好きだよ」
「違う……なにかがおかしいってこんなの」

 恵介は身体を起こし、うつむいたまま言った。

「しばらく止めようぜ、こういうの」

 みゆきは無言だった。いつもと様子が違うと思って振り返ると、みゆきは冷めきった目で恵介をじっと見つめていた。

「そっか、そうなんだ。恵介もあいつと同じこと言うんだね」
「同じ?」
「恵介も同じなんだ……あはは、そうなんだ」
「み、みゆき?」

 みゆきの目は虚ろで、なにかが壊れる寸前の危うさを感じて、恵介はぞっとする。

「なによ……やっぱり男なんてみんな同じじゃない……恵介も、同じ……あは、あはは」
「お、おい。どうしたんだよ急に。大丈夫なのか?」

 不安に駆られて恵介が手を伸ばすと、みゆきはそれを力いっぱいにはねのける。

「触らないで!」

 見たこともない拒絶の色が、彼女の瞳を染め上げていた。みゆきはこんな冷たい目をするのかと、恵介は驚きを隠せなかった。

「よくわかったよ……恵介の気持ち」
「お、落ち着けよみゆき。さっきからなんか変だぞ」
「相手なんか誰でもよくて、したいことだけして邪魔になったら捨てる。そういうことでしょ?」
「ち、違う。俺は……!」
「言い訳なんか聞きたくない! 早く出て行ってよバカぁっ!」

 手近にあった小物や枕を投げつけられ、恵介は部屋を追い出されてしまった。額に生暖かい感触があるので確かめてみると、小物がぶつかった場所から血が流れている。

(くそっ、一体どうしたっていうんだ。全然分からないじゃないかみゆき……)

 閉じられたドアの向こうから、かすかにみゆきの泣く声が聞こえる。胸を刺し貫かれるような思いを抱いたまま、恵介は階段を下り、みゆきの自宅を出て行った。部屋に残ったみゆきは毛布を頭から被って丸まり、大粒の涙をこぼしながら泣きじゃくっていた。




 みゆきの家を出た後、恵介は純に連絡を取り、駅前のハンバーガーショップで待ち合わせた。一番安いセットを注文し、恵介はみゆきに対する自分の悩みを打ち明けた。

「なるほどなー。俺が知らないうちに、恵介とうさみーがそんなただれた関係になってたとはなー。けしからん。実にけしからんっ。お父さんはお前をそんな子に育てた憶えはないぞっ」
「ただれたって言うな。それと誰がお父さんだ」
「……リア充爆発しろ」
「は?」
「ゴホンゴホン。今のは忘れてくれ。とりあえずだな恵介。お前はうさみーのことどれだけ知ってるんだ」
「どれだけって、幼馴染みだし大抵のことは」
「だぁー、違う違うっ。うさみーがどうして夜遊びがやめられねーのかとか、今どんな悩みを抱えてるのかとか、その辺の事情や気持ちをちゃんと知ってるのかって事だよ。話聞く限り、ずいぶんと根が深そうじゃねーの」
「そ、それは……」
「だろ? 自己満足の為に格好付けたって、説得力がねーんだよ」
「そうか……そうだよな。純はこれからどうしたらいいと思う?」
「つーかその前に確認するけどよ、恵介はうさみーの事をどう思ってるんだ」

 純の表情はいつになく真面目である。恵介は目線を落としてしばらく考え込むと、顔を上げてはっきりと言った。

「俺は……みゆきが好きなんだ。知らずに傷つけたことも謝りたいし、あいつのことはもっと分かっててやりたいんだよ」
「へへ、カッコいい返事じゃねーの。ちょっと見直したぜ」
「茶化すなよ。俺は真面目なんだ」
「わかってるって。とりあえず、あいつがよく出入りしてるって場所は教えてやるから、自分で確かめてこいよ」

 純の言葉は正しく、それしか方法がないように思えた。安物のハンバーガーを平らげてコーラで流し込むと、恵介は決意を固めて店を出て行く。恵介の後ろ姿を見送りながら、純は口の端を持ち上げて満足そうな笑みを浮かべた。

「ったく、仕方ねーなあ。俺もちょっぴり手助けしてやるとしますか」

 純も席を立ち、これからの算段を考えながら店の外へ出て行った。




 恵介は上倉駅から王浜行きの切符を買った。王浜駅から地下鉄で二駅進むと、王浜スタジアムがあり、そのすぐ近くに純が教えてくれたライブハウスはあった。今は営業時間外だが、店の常連や演奏予定のあるバンドなどは、昼間からでもリハーサルなどで店に出入りしているという。ライブハウスの入っているビルの壁には、演奏予定のバンドのチラシなどが貼られている。今夜ライブを行うのは、ウッド・ロックというバンドらしい。こういう場所に入るのは初めてで気が引けたが、ここで引き返したらなにもわからないぞと自分に言い聞かせ、恵介は地下のライブハウスへと続く階段を降りた。重く分厚い扉を開けると、狭い店内には数人の若者と、ステージで楽器のチューニングをしているロックバンドらしき連中の姿があった。恵介が店の中に足を踏み入れると、入り口から一番近い席に腰掛けていた男に呼び止められた。

「待ちな。ここはお前みたいに冴えないガキの来る場所じゃねえ」

 そういって凄んできた男の顔を見て、恵介はあっと声を上げた。下品なアクセサリーに黒いジャケット、ボロボロのズボンをはいた痩せぎすの男。冬休みにみゆきと言い争いをしていた男に間違いなかった。

「ああっ、テメェは!?」

 男も恵介の顔を思い出したようで、席から立ち上がって大声を出した。

「なにしに来やがった!」
「みゆきの事で聞きたい事があるんだ。あんたでもいいけど、話を聞かせてくれないか」
「ふ、ふざけんな。お前に話すことなんかないっつーの」
「みゆきはよくここに来てたんだろ。頼む、少しでもいいからあいつの事を知りたいんだ」
「ダメだダメだ。さっさと帰れ!」

 男は頑なに拒否するが、恵介も引かない。入り口で揉み合っていると、ライブハウスの九から「うるせぇぞ!」と怒鳴り声がした。

「なにをごちゃごちゃ騒いでるんだ龍二。ケンカなら表でやってこい馬鹿野郎」

 声を出したのは、ステージの上でエレキギターを手にした男だった。背丈は一八〇センチはあろうかという細身の男で、足は枝のように細長く、タイトな黒いシャツと黒いズボンがよく似合っている。テレビなどで見るロック・ギタリストそのもののスタイルである彼は、恵介の目にも格好いいと思えた。

「す、すんません木石さん。こいつが聞かねーもんで」

 彼らの会話から、ギターの男が木石で、目の前の男は龍二と言うらしい。

「今は営業時間外で関係者以外立ち入り禁止だ。入り口の張り紙が読めなかったのか?」

 木石という人物には、龍二とは比べものにならない威圧感がある。後になってわかったことだが、彼はライブハウスに集まる若者のカリスマ的存在であるらしい。腰が引けそうになりながらも、恵介は答えた。

「宇佐みゆきという女の子を知ってますか?」
「ん? お前はみゆきの知り合いなのか」
「みゆきとは幼馴染みです。あいつがよくこの店に出入りしてると聞いて来ました」
「そうか、お前が噂の恵介って奴だな」
「……みゆきに聞いたんですか?」
「まあな。そこの龍二もお前にみゆきを取られたって泣いてたぜ」

 木石は口の端を持ち上げて、龍二を指す。

「ちょ、ちょっと木石さん。そりゃないッスよぉ」

 痛いところを突かれて、龍二は情けない声を出す。周囲からも笑い声が起き、龍二はすっかり小さくなってしまった。

「で、なんの用だ? こんな時間じゃみゆきはいないぞ」
「いえ……俺はみゆきの事を聞きたくて来たんです」
「おいおい、それは俺たちなんかより、お前の方が詳しいはずだろう」
「あいつがここに入り浸る理由とか、なにか悩んでいたとか……どんなことでもいいんです、知ってることがあれば教えてください」
「確かにみゆきはここに出入りしてるが、あいつ個人のことは彼氏だろうと軽々しく話すわけにはいかないな。大体、そんな話を聞いてどうするつもりなんだお前は」

 木石はみゆきの事について語るのを渋ったが、恵介も諦めなかった。話を聞きに来た理由を伝え、何度も何度も頼んだ末、ようやく木石も納得して知っている事を話してくれた。木石の口から語られた話の中には、みゆきが変わってしまったきっかけとなった出来事の噂も含まれており、それは恵介に少なくないショックを与えたのだった。




 それから数日が過ぎたが、みゆきは恵介と一言も口を利かず、姿を見かけても目を逸らしたりして、まともに視界に入れることさえしなかった。じっとしていると気分が滅入るばかりでたまらず、みゆきは毎日、終電ぎりぎりの時間まで王浜のライブハウスに入り浸っていた。その夜の演奏予定が全て終わり、客がいなくなったホールの隅の席では、一人憂鬱な表情をしているみゆきの姿があった。テーブルのドリンクにもほとんど口を付けておらず、壁にもたれかかったまま、無気力な瞳で宙を見つめている。そんな彼女を見つけ、近づいていく一人の若者の姿があった。ピーコートとジーンズ姿の純である。

「よっ、うさみー。最近ずっとそんなツラしてるな」
「……なんだ、純くんか。私がどんな顔してたっていいじゃない」
「ちょっと小耳に挟んだんだけどよ、恵介とケンカしたのか?」
「関係ないでしょ、そんなの」
「そうでもないんだなーこれが。まあいいや、ちょっと付き合えようさみー」
「嫌よ」
「いいから来いってば。ちょっとばかしマジな話があるんだよ」

 純はみゆきを連れてライブハウスを出ると、王浜スタジアムの隣にある公園までやってきた。彼女を歩道にあるベンチに並んで座ると、純はしばらく口を開かず、遠くを見つめたまま自動販売機で買ったホットの缶コーヒーを飲み始める。みゆきは首を傾げ、純に訊ねた。

「ねえ、話ってなんなの? こんな場所に連れてきちゃってさ」
「なあうさみー。もう恵介のことは嫌いになっちまったのか?」
「関係ないって言ったでしょ」
「なんでそんなにヘソ曲げてるのかは知らねーけどさ。そろそろ機嫌直したらどうなんだ」
「ごめん帰る。そんな話聞きたくないし」

 みゆきはベンチから立ち上がり、振り無きもせずに立ち去ろうとする。しかし純はとっさにみゆきの腕を掴んで引き留める。

「最後まで聞けっての。実はこの前、恵介が相談に来たんだよ。うさみーとケンカしちまったって」
「……そんな事ないから。きっと嘘ついてるのよ」
「さて質問でーす。うさみーの事、恵介がなんて言ってたでしょーか?」
「別にどうだっていいよ。私と恵介はただのご近所さんなだけ。それでいいでしょ」

 みゆきは目を逸らし、あくまで会話を拒否しようとする。純は掴んでいたみゆきの腕を放し、背を向けた彼女に向かって言った。

「恵介はさ、みゆきが好きだって言ってたぜ。だからちゃんと謝りたいし、もっとお前のことを知っててやりたいってよ。だからあいつ、ライブハウスに行ってみゆきの話を聞いて回ったり、色々やってたんだぜ」

 純の言葉を聞いた途端、みゆきは立ち止まったまま動かなくなった。缶コーヒーを飲み干すと純は立ち上がり、後ろからみゆきの肩をポンと叩くと、そのまま彼女の前を歩いて行く。そして最後に、こう付け足した。

「お節介だけどよ、もっと本音で接してみろようさみー。恵介はいい奴だから大丈夫さ」
「わかってるよそんなの……わかって……」

 背を向けたまま手を振り、純は一人去っていく。みゆきはその場に立ち尽くしたまま動かず、垂れ下がった髪の隙間からは透明の滴が一粒こぼれ落ちた。




 その翌日から、みゆきの様子が変わった。恵介の顔を見たとき、今までは単に拒絶の色を浮かべるだけだったのが、恵介を見ると立ち止まって、なにかを言いかけて口ごもり、困ったような顔をして逃げ出してしまうのである。待っていてもお互い平行線のままなのは分かっていたが、どのタイミングで話を切り出そうかと考えているうちに、数日が過ぎた。

 二月十四日の日曜日、恵介はついにナナハンを蘇らせることに成功した。色々な苦労があったが、今となっては全ていい思い出に思えてくる。しかしナナハンが十数年ぶりの復活を果たしても、自分自身の問題が解決しておらず、心から喜べない。それが申し訳なくて、恵介は心の中で謝りながらオートバイのタンクを撫でていた。ガレージの外に目をやれば、天気は快晴。気温も日なたにいれば温かく、ツーリングをするにはなかなか気持ちが良い条件である。ナナハンと共に走っていれば、少しは気持ちも晴れるかも知れない。愛用のヘルメットを手に取り、どこへ走りに行こうかと考えていると、いつの間にかガレージの入り口にみゆきが立っていて、恵介をじっと見ていた。セーターと短いスカートの上に、ファーの付いた黒いコートという、外出の時の服装で、小さなショルダーバッグを肩に掛けている。

「……あのさ。ちょっといいかな。邪魔だったら帰るけど」
「大丈夫だよ。邪魔なんて思ってない」
「う、うん。ちょっと話したい事があって」

 みゆきの声は小さく、薄いルージュを引いた唇もどこか寂しい雰囲気に見えて、いつもの彼女らしいはつらつさがない。

「えっと、あの……」

 みゆきはなにかを言おうとしているのだが、口ごもってしまって言葉にならない様子である。面と向かっては話しにくいのだろうと思い、恵介はナナハンを表に出してエンジンを掛けると、みゆきを手招きした。

「これから走りに行こうと思ってたんだ。後ろ、乗るか?」

 みゆきはこくりと頷き、恵介に続いてタンデムシートに乗った。

「どこに行くの?」
「さあ。気の向くまま適当に流すだけさ」

 恵介はアクセルを軽く回し、宵ヶ浜の方へと進路を向ける。空気は澄んでいて、遠くまで見渡せる快晴であった。特に目的もなく海岸線を走り、相南の海岸まで辿り着くと、堤防の上でバイクを止め、どこまでも続く海岸線を眺めていた。しばらくは無言のままの二人だったが、先に沈黙を破ったのはみゆきだった。

「私の話……ライブハウスで聞いたんでしょ?」
「ああ。細かい部分まではわからないけど、大体は」

 しばらくの沈黙の後、みゆきはぽつぽつと語り始めた。

「私たちが上倉学園に入学したばかりの頃、三年生に格好いい先輩がいてさ。恵介は憶えてる?」
「そういえばいたような。女子が騒いでたっけ」
「あの人はみんなの憧れでさ、私も憧れてたんだ。今思えば笑っちゃうけどね。それで勢いで告白したらオッケーもらって、すっかり舞い上がっちゃって。で、勢いついでにエッチしちゃったら、急に先輩の態度が変わってね……本当はお前みたいな地味な女はタイプじゃない、相手してやっただけ感謝しろよ、って。ひどいと思わない?」
「うわ、なんて奴だ。最悪じゃないか」
「だから思ったんだ。男なんか信じちゃダメだって。うんと綺麗になって、自分勝手な男をこっちが振り回して仕返ししてやろうって。お洒落勉強して、いろんな相手とデートしたりして……確かに最初はちやほやされて楽しかったし、ちょっといいなって思う相手もいたけど、エッチするとやっぱり態度が変わる男だったりとかで、ああ、やっぱりこうなるんだってますます信じられなくなって……こんな事しても、本当はなんの意味もなかったのにね。あーあ、嫌んなっちゃう」

 みゆきは涙を詰まらせた声で、自嘲的な笑みを浮かべる。

「時間を無駄にしてたって気付いてもさ、学校じゃ煙たがられるし家にいても一人だし、恵介のオートバイみたいに熱中して打ち込めるものもなくて……結局、あそこしか居場所がなかったんだよね」
「そうか……」
「今まで黙っててごめんね。こんな話、恵介には知られたくなかったんだ。恵介だけは、いつも私のことを心配しててくれてたから……恵介がいなかったら私、とっくにダメになって学校も辞めてたと思う」

 恵介もみゆきも、じっと海を見ていた。みゆきの傷は深く、失った時間は大きい。今の自分がしてやれることを考えたとき、言うべき言葉は決まっていた。

「ごめんなみゆき。俺、エッチしててもお前が遠くにいる気がして、それが心に引っ掛かって納得できなかったんだ。だからちゃんとやり直そうと思って……そのせいで嫌なこと思い出させちまって、本当にごめんな」
「ううん、恵介は悪くないよ。悪いのは全部私なのに、それでも好きだって思ってくれて……ありがとう恵介。すごく嬉しかった」
「もういいって。そんな顔するなよ。いつもみたいに無駄に元気で笑っててくれないと、こっちも調子出ないだろ」
「な、なによう。無駄に元気って何気に失礼じゃない?」

 みゆきは恵介を軽く小突いて頬をふくらませる。それを見て恵介が吹き出し、みゆきもつられて笑い出す。

「はははっ、そうそう、それでいいんだよ。みゆきはこうでなくちゃ。そうやって笑ってるみゆきが、俺は好きだな」
「ありがとね恵介。いつも優しくてさ、私も恵介のこと大好きだよ」

 恵介とみゆきはそっと手を繋ぎ、それから強く抱き合った。みゆきの温もりと、二人の間に横たわっていたわだかまりが溶けていくのを恵介は感じていた。

 二人はほど近い場所にあったラブホテルに入り、もう一度互いの気持ちを確かめ合う事を決めた。ベッドに並んで横たわり、キスをして服を脱ごうとすると、みゆきはなにかを思い出して起き上がり、ショルダーバッグに入れてあった小さな箱を恵介に渡した。

「これ受け取って。この前のお礼も兼ねて、私の気持ち」
「あ、そう言えば今日はバレンタインか」
「うん。手作りだけど、もらってくれる?」
「もちろん」

 オレンジ色の包み紙を外し、厚紙で作られた箱を開けると、いかにも手作りなチョコレートが四つ並んでいる。そのうちのひとつを口に入れてみると、香ばしくて甘い味が口の中に広がり、さらりと溶けてゆく。

「へえ、こりゃ美味しいや。上手いもんだなあ」
「恵介と仲直りしたくて、頑張って作ったの」
「ありがとなみゆき。一人で食べるのがもったいないくらいだなあ」
「あ、いいこと思いついちゃった」

 そう言ってみゆきはチョコレートをひとつつまみ、自分の口の中に入れた。舌の上でチョコレートを転がしながら、みゆきは恵介の上になって、チョコレートを口移しで恵介に食べさせた。

「んっ……はむ……くちゅ」

 二人は舌を絡めて、口の中で溶けたチョコレートを味わう。普通に食べるよりもずっと甘いような気がして、頭が痺れていく。

「はぁっ……甘くて素敵」
「チョコレート味のキスって、なんか漫画みたいだな」
「あはは、そうだね。ちょっとロマンチックかも」
「そうそう、ところでひとつ聞いてもいいか?」
「ん、なーに?」
「木石って人とはどういう関係なんだ? みゆきの事情にも詳しい感じだったけど」
「あ……もしかしてヤキモチ焼いてくれてる?」
「ち、違うっ。ただ単に気になっただけだよ」

 慌てて取り繕う恵介を見て、みゆきはにんまりと笑って抱きつく。

「心配しないで。あの人は私のいとこなの。綺麗な奥さんだっているんだから」
「そ、そっか」
「安心した?」
「ま……まあな」
「えへへ、嬉しいな。それと今回の事、純くんにもお礼言わないと。彼、本当は優しい人なんだね」
「ああ、純はいい奴なんだよ。普段はおちゃらけてるけどさ」
「へえ、二人とも同じ風に言うんだ。ちょっと妬けちゃうな」
「よせ気持ち悪い。男友達なんてこんなもんだよ」
「あはは、そうだね」

 みゆきの表情からは、どこか斜に構えていた影が無くなり、憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。だが、涙でメイクが滲んでしまっていたので、シャワーを浴びて綺麗に落としたらどうだと言うと、みゆきはにんまりと笑って「じゃあ一緒に入る?」と答えた。好奇心も手伝って、誘われるままホテルのバスルームに入ると、恵介は椅子に座り、みゆきが背中を流し始めた。

「お客さん、こういうところ初めて?」
「生々しいからやめろっての」
「ごめんなさーい。でも恵介の背中って結構大きいんだね」
「そうかな?」
「うん。男らしくてセクシー」
「よ、よくわからん……」

 背中を流し終わると、みゆきは前に回って恵介の胸を流す。お互いに向かい合って座っているため、みゆきの大きな胸や程良い肉付きの身体が目に飛び込んできて、どうしてもそこに目が行ってしまう。すると身体は正直なもので、恵介のモノは鎌首をもたげて、むくむくと大きくなっていく。それを見て、みゆきは恵介の鼻先をちょんとつついて笑った。

「もう、エッチなんだから。でも、私の身体見て興奮してくれてるんだ」
「そりゃそうだろ。こんな綺麗で色っぽいの見せられたら」
「ね、ここで……する?」

 みゆきもすっかりその気になって、その場にかがんで恵介のペニスを舐め始めた。

「ちゅ……ちゅ……んんっ……はむっ」

 充分にペニスが大きくなったのを確かめると、みゆきは口を離し、とろんとした瞳で恵介を見上げる。

「早く欲しいって顔してるなみゆき」
「うん……私を恵介だけのものにして欲しい。もう誰にも触らせたりしないから」
「わかった。約束だぞ」
「ねえ恵介……剃ってもいいよ」
「へっ?」
「約束の印と、私は恵介のものだって印に」
「ほ、本当にいいのか? ていうかお前、本当に男嫌いだったんだろうな」
「うん……大好きな人は特別なの」

 みゆきがそう言うので、恵介は石鹸で泡を立ててみゆきの股間に塗り、備え付けのT字カミソリで丁寧に剃っていく。元々あまり毛が多くなく柔らかいので、肌にもあまり負担をかけずに剃り終えることが出来た。シャワーで泡を洗い流すと、つるつるになった秘所が、ひくひくと動いて恵介を待ち望んでいる。それを見て、恵介は思わず生唾を呑み込んだ。

「こ、これは……」
「どしたの?」
「思った以上にエロくてその……ヤバい」
「つるつるに興奮しちゃったんだぁ。恵介のヘ・ン・タ・イ」
「お、お前だってこんなにエッチじゃないかっ」

 身体が冷えないようにシャワーは出しっぱなしにしておき、床にみゆきを寝かせると、生まれたばかりの状態と同じ秘所に恵介はしゃぶりついた。

「ひゃうっ、あっ、あっ、ああぁぁぁーーっ……」

 両足を抱えられ、秘所に顔をうずめられて舐められる。そんな卑猥な光景を目の当たりにしたせいか、みゆきはすぐにイッてしまった。恵介は蜜が溢れ出る入り口に先端を当てがうと、一気に奥まで貫いた。

「うあぁっ、すご……おっき……んんっ!」

 子宮を押し上げられるほどの突き上げに、みゆきはまたも軽く絶頂を迎える。恵介はお構いなしに、みゆきを激しく突き上げる。これはただ欲望を吐き出すだけでなく、彼女に自らの印を穿つ儀式のようなものだと恵介は考えていた。だからこそ、一切の手加減はしないつもりだった。

「くぁ、気持ちいいかみゆき……!」
「うんっ、凄いのっ……もっと、もっと突いてっ。恵介が欲しいのっ、私の中に刻んで欲しいのっ」

 シャワーの熱気とお互いの体温を感じながら、恵介は腰を振る。射精しても動きを止めず、しばらくすると再び膣内で大きくなり、みゆきの中を圧迫した。

「うあっ、恵介っ、お願い……お願いっ……嘘でもいいから、私のこと誰よりも好きって言ってっ」

 恵介にしがみつきながら、みゆきは懇願する。恵介はキスをしてみゆきの口を塞ぎ、充分舌を絡ませてから囁いた。

「好きだよみゆき。愛してる」
「うあぁ……あぁぁぁぁぁーーーーっ!?」

 その途端、みゆきの膣壁が痛いぐらいに収縮し、ぎゅうぎゅうと恵介のペニスを締め付ける。

「嬉しいよぉ……嬉しすぎて私、もうっ……んあっ、あっ、うあぁっ!」
「だ、出すぞみゆき……くぅっ!」
「あぁっ、恵介のが……おく……出て……」

 一滴も残らないぐらいの勢いで、恵介は射精した。びゅるびゅると勢いよくほとばしる精液は、みゆきの膣内をたっぷりと満たしていた。

「――ぜえはあ、つ、疲れた……」

 ベッドに腰掛けながら、裸の恵介は枯れ果てた声を出す。隣には同じく裸のみゆきが、体中を桜色に染めて横たわっている。すでに十回戦を迎え、恵介は「体力と気力の限界! 引退します!」という男泣きの記者会見を開きたい気持ちでいっぱいであった。こんなにも回数を重ねるハメになった事の発端は、バスルームを出た直後の会話にあった。

「恵介ってさ、昔から本当にバイク好きだよねー。人生の半分捧げてる感じ」
「まあな。もうライフサイクルの一環だし」
「ねえ恵介、聞いてもいい?」
「ん?」
「例えばだけど……私とバイク、どっちが大事?」
「バイク」

 ここでうっかり即答してしまったのがいけなかった。みゆきはかんかんに怒ってしまい、ベッドに押し倒されてこの状況というわけである。呼吸が落ち着いたみゆきはむくりと起き上がり、恵介の背中に覆い被さった。胸を彼の背中に押しつけながら、みゆきは耳元で囁く。

「まだ頑張れるよねー」
「いっ!? いくらなんでも休憩しないと無理だって」
「少しは反省した?」
「したした、しましたものすごく。だからそろそろ機嫌直してくれってば」
「だってずるいもん。私は恵介のこと一番好きなのにさー」
「俺だってみゆきが好きだよ。だから、なっ?」
「むー」
「なんだよその不満そうな声は」
「やっぱりダーメ。今日はめいっぱい愛されたい気分なの」
「も、もう十分に証は立てたと思うんだがどうでしょうか、みゆきさん」
「わたしのあそこ剃ったクセに。ちゃんと責任取ってよね」
「それはお前から言い出したんじゃないかぁぁぁぁっ!」

 抵抗も虚しく、恵介はベッドに引きずり込まれてしまう。一時間後、ようやく解放された恵介は、ホテルの外で空を見上げ「ああ、太陽が黄色い……」と虚ろな目で呟いたのだった。




 みゆきは変わった。変わったと言うよりも、昔のありのままの姿に戻ったと言ってもいい。夜遊びやライブハウスに入り浸るのをやめ、今までの乱れた生活と決別したのである。メイクやファッションも派手すぎるものから、自然で無理のないものにし、染めていた髪の色も黒く戻した。周囲には驚かれたが、みゆきはこれでいいんだと笑っていた。そして失った三年間を埋め合わせるために浪人して勉強をやり直し、進学して栄養士の資格を取る事を決めたのである。しかし彼女が本当に立ち直るには、どうしても決着を付けなければならない事が残っていた。

「来たぞみゆき。準備はいいか?」
「うん、大丈夫。たっぷり後悔させてやるんだから」

 卒業式の前日、恵介とみゆきは王浜市内を歩く一組のカップルを物陰から見張っていた。大学生くらいの美男美女カップルなのだが、男の方はかつてみゆきを騙して捨てた、因縁の男であった。彼の居場所や現在の状況を知る事が出来たのは、純の情報のおかげである。しかも彼は、男が複数の女性と付き合っている証拠写真も集めており、復讐のお膳立てまでしてくれていたのである。機は熟した。復讐するは我にあり――みゆきは深呼吸をし、カップルの前に飛び出した。

「こんにちは、先輩。お久しぶりです」
「え? 君、誰だっけ」

 みゆきは笑顔を作って挨拶するが、男の方は顔をまったく覚えていない様子である。

「やだなあ、忘れちゃったんですか。私ですよ私。高校の時にお世話になった白石です」
「あ、ああ、白石ちゃんね。そう言えばそんな子もいたなあ、ははは」

 カマを掛けるための偽名に気付いていない事から、男が毛筋ほどもみゆきのことを憶えていないのは確定となった。みゆきはニコニコと笑ってはいたが、目の奥は決して笑ってはいない。

「で、なんの用だい? 悪いけど俺、忙しいんだ」
「待ってくださいよう。昔お世話になったお礼に、プレゼントしようと思って」
「ああ、そう。そりゃどうも」
「彼女さんも受け取ってくださいねー」

 言いつつ、みゆきは二人に数枚の写真を手渡す。それを見た途端、男の顔から血の気が一気に引いていった。

「げっ!?」
「あれえ、どうしたんですか先輩? 顔が真っ青ですよ?」

 写真には、男が隣にいる女性以外の女とデートしたりキスしたり、ホテルに入る直前の場面などがはっきりと映っている。どう転んでも、言い訳ご無用の決定的瞬間だらけである。

「ちょっと、なんなのこれ!?」
「あわわわ、これは違うんだ! お、おい君、なんてことを――!」

 みゆきは笑顔を崩さぬまま遠ざかり、女性に問い詰められている男に向かって「べぇ」と舌を出す。隠れて一部始終を見ていた恵介と合流すると、ハイタッチをして作戦の成功を喜び合った。忌まわしい過去に決着を付けたみゆきの顔は、晴れ晴れとして吹っ切れていた。

「やったなみゆき」
「うん、ありがとう恵介。これで私、やっと前に進めそう」
「だな。嫌なことはすっぱり忘れて、これからはもっと楽しいこと考えよう」
「ねえ恵介。一日早いけど……二人きりで卒業祝いしたいなーって。ダメ?」
「お、おう。望むところだ」

 みゆきは頬を赤らめながらそっと腕を絡め、大きな胸を押し当ててくる。それに照れつつも、恵介はもうひとつ解決しなければいけない問題があることを思い出した。みゆきの気持ちは嬉しいが、毎回干からびそうになるまで搾り取られるのはさすがにつらい。彼女もあれこれと工夫をすることに積極的で、先日などは上倉学園の体操服を持ってきたので、それを着せてみたらお互い異様に興奮してしまい、ついつい励んでしまった。

(ああ、せめて自分をバイクみたいに改造できればなあ。エンジンで動く鉄の下半身とか……って、ダメだこりゃ)

 突拍子もない発想に、恵介は自分自身に苦笑した。女というのはオートバイ以上に手がかかるものである。愛情を注げばちゃんと答えてくれる部分は同じだが、彼女には少々注ぎすぎてしまったらしい。これからどうやって加減したものかと頭を悩ませながら、早春の桜並木を二人で歩き出した。
 春は、これから訪れるのである。


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